第五十六話「ドラゴン」

「王子、ドラゴンなのです!」


 火口付近に差し掛かった時、ドロシーが叫んだ。

 体長20メートルを優に超えそうなドラゴン。

 赤い鱗を持つドラゴンの瞳が、ぎょろっと動く。

 俺達を見上げ、咆哮をあげた。


 不揃の牙から、炎が漏れでる。

 ドラゴンは翼を羽ばたかせた。

 

 襲ってくるのだろうか。

 ドラゴンの中でも火竜は特に凶暴だとドロシーは語る。


 ドラゴンの身体が浮いた。

 空に舞い上がった。


 俺達の行く手を遮るように空中で、ホバリングする。

 ――――襲いかかってくるのか?

 俺達も空中で停止し対峙する。


『シャーロット・シルヴェスターか』


 ドラゴンが口を開いた。

 いや、魔力の伝達で脳裏に声が響いたと言った感じだ。


「千年ぶりかしら」

『そうだ、千年ぶりだ』


 シャーロットはこのドラゴンと知り合いなのだろうか。

 隣にいるメアリーもドロシーも驚いている。

 ソーニャはわくわくしてるのか瞳を輝かせていた。

 俺はドラゴンがいつ襲ってきてもいいように、氷の槍を思い浮かべる。

 奴が、襲いかかってきた瞬間には100本の氷の槍が容赦なく、ドラゴンを刺し貫くだろう。


『シャーロットよ、その物騒な子どもは何者なのだ? 我を襲うつもりか?』


 ドラゴンの言葉を受けたシャーロットが俺の方を向く。


「ルーシェリア王子、心配する必要はないわよ。このドラゴンは私の旧友なの」

「旧友……? それって仲間ってことなのかな?」

「うーん、正確には仲間って言うよりも、かつてのライバルってとこかしら」


 シャーロットの話を聞くと、千年前の魔神戦争時、このドラゴンは邪神側の勢力として戦ったらしい。

 が、今では懐かしい友の一人だと言う。

 そして、シャーロットはドラゴンに、俺達はユーグリットへ向かう途中だと説明する。

 俺もドラゴンを取り囲むようにイメージしてた、氷の槍を解除した。


『そろそろ時節なのだな』

「そうよ、あなたはまた敵になるのかしら?」

『いや、我の心を支配した邪神は許せぬ。かねてよりの盟約に従い力を貸し申そう』


 ドラゴンが仲間になってくれた。

 シャーロットは、火吹き山を突っ切ろうと言った。

 つまり、こういうことだったのか。

 だったら最初からそう言ってくれたらいいのにな。

 俺の不満にシャーロットはサプライズだと答え、クスッと微笑んだ。

 

 俺達はドラゴンの背に跨った。

 俺が先頭で、メアリー、ドロシー、ソーニャ、シャーロットの順番だ。

 

 ドラゴンは天空の覇者だ。

 俺が四人も引きつれて飛ぶよりは、ドラゴンの背の方が早いのかもしれない。

 むしろ、俺の魔力で、ドラゴンの飛行を手助けしてやろう。

 そんなことを考えてると、ドラゴンが俺の脳裏に直接、語りかけてきた。


『お主は人族なのか?』

「はい?」


 見た目のまんま。

 8歳児の子どもなんですが、なにか?


『我は望む、そなたとの盟約……いや、そなたの従魔としての契約をしてくれぬか?』


 唐突に何言ってるのだろう?


『そなたの従魔になれば、我は邪神の支配から逃れることができる』


 つまり邪神の支配力よりも、俺の支配力の方が勝ってると言うことらしい。


「あら、随分な話になってるじゃないの」


 シャーロットにも声が聞こえてたらしい。

 

「ルーくんが、ドラゴンマスター? 凄いじゃないの!」


 ソーニャが嬉しそうに手を叩く。


「ドラゴンさん、ルーシェ様をよろしくお願いします」


 メアリーは優しくドラゴンの硬い鱗を擦ってる。


「王子、これは竜王様もびっくりなのです!」


 ドロシーも嬉しそうだ。

 うん、良くわからんが、俺も嬉しい。

 ドラゴンの頭をパンパンと叩いた。


「よろしくな!」


 ――――その瞬間、俺の頭に文字が流れた。

 エィドィクリュフィ・キュマイロス・レクサンドリィプル。


 意味わかんねーぞ。

 なんだこれ?


『そなたにだけ名を告げた。我の真名である。その名を持って我を支配するがよい』

「んじゃ頼むぜ、ドラちゃん」

『……ん?』


 ドラゴンが首を傾げる。


「真名で呼ぶわけにはいかないだろ? 今後はドラちゃんって呼ばせてもらうぜ!」

『心得た』


 今の会話は皆には聞こえてない。

 それでもシャーロットは察したのだろう。

 

「ルーシェリア王子、従魔の契約は済んだ様ね」


 これは俺にとっても、ドラゴンにとってもいい話だった。

 しかも、このドラゴンは、ドラゴンの中でも、知能が高い。

 彼此、千年以上生きている。

 力もドラゴンの中では最強クラス。


 火吹き山の王と呼ばれる、伝説の竜であった。

 おまけに、この世界の地理にも精通している。


 こいつがいれば、俺は迷子になる心配がない。

 そしてこいつは、俺を『主』と呼ぶ。


 ドラちゃんは邪神の支配下から逃れるために俺と契約した。

 ならば、俺も飼い主としてドラちゃんを守ってあげないとな。


 それに、ドラゴンマスターか、悪くない。

 いい響きだ。


「さあ、ルーシェ様、北を目指しましょう!」


 ドラちゃんはメアリーの声にも反応を示した。

 バッサバッサと両翼を羽ばたかせる。

 翼にドラちゃんの魔力が籠っていく。

 

 このドラゴンは翼の力だけで飛ぶのではないようだ。


 ドラちゃんは棲み慣れた火吹き山の火口周辺を滑空する。

 背に跨ってる俺達にも気を使ってくれてる。

 乗り心地を感じてくれと言わんばかりだ。


「ユーグリットまでは、どれぐらいでいける?」

『3日もあれば十分だ』


 通常なら三ヶ月の道のり。

 それだけドラゴンは偉大なんだろう。


 途中に村があるらしい。

 今夜はそこで一泊しよう。

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