第八章

第五十五話「火吹き山」

 俺はメアリーとドロシーを引き連れ、王城へと向かった。

 ユーグリット王国より訪れた使者に詳しい事情を聞くためである。

 ユーグリットからミッドガルまでは、およそ三ヶ月の道のり。

 よくぞ無事に辿り着いてくれたものだ。


 使者は長旅で疲れ切った顔を見せていたが、王城の一室で丁寧に事情を話してくれた。

 

 千年前にユーグリットの地に邪神が降臨した。

 邪神が降臨するその地には大空洞がある。

 多くの学者たちが声を揃える。

 決まってその地に邪神は降臨すると。


 ユーグリット王国は調査団を派遣した。

 俺の両親もそこに加わったとのことだった。


「ルーシェリア!」


 ドアが開くと同時にフィルが叫んだ。

 ミッドガル王国の王位継承権第一位の王子だ。

 フィルの話によると、両親の捜索隊を編成してくれてるらしい。

 そして、フィルが残念そうに肩を落とす。


「ごめんよ、ルーシェリア……僕は捜索隊には参加できない」


 王もフィルも今回の件は胸を痛めてくれてるようだ。

 しかし、フィル本人が参加することは国王より叱責されたようである。

 悔しそうに唇を噛む。

 王様は一人息子のフィルの身を案じているのだろう。

 大事があってはならないからな。


「フィル……そんなに気を落とさないでほしい。僕は僕で、捜索隊には頼らずにユーグリットに向うよ」


 魔術で空を飛んだ方が早い。

 捜索隊を編成し向っても到着までには三ヶ月も時間を要する。


「だったら……シャーロットを同行させよう。彼女は伝説の六英雄だ。何かとルーシェリアの力になってくれると思うよ」


 森エルフのシャーロットはフィルの師匠でもあり、フィルの護衛も兼ねてる。

 ありがたい申し出だが、軽々しく甘えちゃっていいのだろうか?


 俺が考えてると、「フィリップ王子、お気持ち、ありがとうございます」と、メアリーが、すかさず感謝の意を示した。


 メアリーは賛成なのだろう。


 ところが……ドロシーは、落ち付かないのか、そわそわし始めた。

 

「お久しぶりね。ルーシェリア王子……に、えっと、ドロシー」


 すっと扉の影からシャーロットが現れた。

 ドロシー?

 シャーロットとドロシーは知り合いなのだろうか。


「あ、はいっ! お久しぶりなのであります」


 シャーロットがドロシーに優しく微笑む。

 どうやら知り合いのようだ。

 ドロシーはシャーロットに苦手意識でもあるのだろうか?

 まかいいか。

 知り合いなら話が早い。


「ルーシェリア王子もご健勝ね。この前の恩返しをさせて頂くいい機会だわ。……って言いたいところだけど、私とアイザックは旧知の仲なのよ。友として参加させて頂きますわ」


 凛としたシャーロットは美人な上に心強かった。

 ここは素直に喜んでおこう。


「ありがとう。シャーロット」

「構わなくてよ。よろしくルーシェリア王子」


 シャーロットは俺の前にしゃがみ込むと両肩に手を乗せてきた。

 そして、俺に不思議なぐらい強い眼差しを向けてきた。

 どうして、そんなに俺を見つめるのだろうか。

 ああ、大人っぽい唇が麗しい。吸い込まれそうだ。

 頭の中がほんわりする。


 メアリーもドロシーも可愛いけど、シャーロットの美しさは別物だった。

 

 脳内が麻痺してきた頃。

 もう一人、聞き慣れた声が聞こえた。


「ルーくん、私も一緒にいくよ」


 そこに現れたのは、雪のように白い髪のソーニャだった。

 

「あれ……なんで? ソーニャがここに?」

「あれれ? 言ってなかったっけ?」

「へ……? なにを?」

「私のお父さん……ここで働いてるのよ」


 話を聞くと、ソーニャの親父さんは宮廷料理長であった。

 そしてソーニャは、手に握る魔法の杖を俺に自慢する。


 なんでも、俺の師匠が就職祝いも兼ねてソーニャの為に、魔法の杖を作ってたらしい。

 春先には出来上がるとのことだったので、取りに来たらしかった。


 俺はフィルとユーグリットから来た使者に礼を述べて、館に一旦戻る。




 連れていくのはメアリー、ドロシー、シャーロット、ソーニャと決まった。


 ウルベルトが悔しがる。


「坊ちゃん! 殿下の危機です! 私も連れて行ってください!」

「いや……ウルベルトには法王庁の動き、そして……伯父上の動向を見張っていてほしい。あと、シャーロットの代わりにフィルの護衛も頼むよ」

「そ、そんな……坊ちゃん。またしても私目は、お留守番でございますか……」

「だって、しょうがないだろ? ウルベルトには仕事もあるし、ドーガとアニーだって、ウルベルトがいないと、館の勝手もわからず困ると思うよ」


 ドーガとアニーが「うんうん」と、相槌を打ってくれた。


「そーいうことなので、ウルベルト、ドーガにアニー、後のことよろしく頼むよ」


 俺がウルベルトにそう伝えると、メアリーが


「殿下も奥方様も無事です! ウルベルト様だってご存知ですよね? 殿下の剣技は王級なんですよ」


 王級……親父が?

 王級とは剣王のことだ。

 そこそこ強いとは思っていた。

 幼いメアリーを狼から救ったと言う話を聞いていたからだ。

 しかし……まさか剣王とは恐れ入ったぜ!

 

 魔術師にも段階的な称号があるように、剣技にも似たようなものがある。

 初級、中級、上級、剣王、剣聖、剣帝、剣神。

 

 魔術師の称号は魔法都市エンディミオンが発行するが、剣の称号は少し複雑だ。

 流儀よってそれぞれの里がある。

 その里はミッドガルを中心に東西南北にあると聞く。


 いつもゆるい笑みを浮かべてる印象で、ついつい忘れてた。

 親父って、かなり強かったんだ……。

 おっと、考えに浸ってる場合ではない。


 俺は一同を見渡した。

 

 ウルベルトにドーガにアニー。

 メアリーにドロシーにシャーロットにソーニャ。

 あと、フィルに王様。


 皆、サンキュウな。


「ウルベルトさん、王子のサポートは任せてください!」


 ドロシーはウルベルトにそう言って俺を見る。

 強い意志が感じられた。


「心配することないわよ。命の変えても王子と、そのご両親を無事生還させてみせるわ」


 相変わらず、エルフのお姉さんは心強い。


「おじさんとおばさんならきっと無事よ。それにルーくん面倒なら得意分野だからね!」


 ソーニャは子どもの頃から、俺の両親を知ってるようだ。


「よし、行こうか!」


 雪解けも終わり、すっかりと暖かく穏やかな晴天なのだが。

 北のユーグリットは万年雪の極寒の地だ。

 皆、上着も準備しリュックサックに詰め込んでいる。

 俺は無限の魔力で常時、空気を暖められるから特に心配はない。

 それでもメアリーのリュックサックには、俺の上着も詰め込まれている。


 俺は右手にドロシー。

 左手にメアリーの手を握った。

 シャーロットはドロシーの手を握り、ソーニャはメアリーの手を握った。


 必要ないのだが、シャーロットが風の精霊シルフ。

 ソーニャも得意の風魔法で補助してくれる。


 ふわりと靴裏が地面から離れていく。


 浮いて行く俺達にドーガとアニーが驚いている。


「坊ちゃん、行ってらしゃいませ。どうぞご無事で……」


 魔力を一気に解放する。


 ぎゅーんと上昇した。


 ソーニャとシャーロットが方角を指し示してくれる。


「ルーくん、火吹き山を突っ切れば早いけど、どうする?」


 フェリエール平原を越えた先に、火山地帯があるらしい。

 ただ、狂暴な火竜の棲みかでもあるそうだ。

 その先にも、危険極まりない山脈が続いているらしいが、迂回するより、直線が早い。

 シャーロットも突っ切ることを薦めてきた。


 ソーニャもわくわくしている。

 メアリーもドロシーも特に異論はないようだ。

 しかし、ドラゴンと言えば、竜王を連想する。

 成り行き上、ぶっ飛ばすことになってもいいのだろうか?


  

 チラッとドロシーに視線を送った。


「王子、心配には及びません。お気づかいは御無用なのです!」


 竜族の祖は古代竜。

 竜族とは、古代竜と人間のハーフらしい。

 

 竜族もドラゴンを狩る。

 ドラゴンは竜族も襲う。


 気にする必要はないらしい。

 つまりドロシーは悲しまない。


 前に食べたドラゴンステーキも旨かったしな。


 徐々にスピードを加速させる。

 前方から押し寄せる風の抵抗は、精霊シルフが逸らしてくれる。


 途中、伯父上の居城のフェリエール城が視界に見えた。

 港には圧倒されるほどの軍船が停泊していた。

 完全たる軍事都市って感じだ。

 

 ぐんぐん進むと、前方に白い噴煙を捉えた。

 

 あの一帯が、火吹き山のようだ。

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