閑話「ホークアイ」

 このままで本当にいいのだろうか。

 勇者として召喚された桐野悠樹は思い悩んでいた。


 突然のクラス召喚。

 今となっては悪夢でしかない。


 郷田と骨山が殺された。

 9名のクラスメートが、ルーシェリアという魔術師に容赦なく焼かれた。

 手加減されていたのだろうか、幸い神殿に常駐してる神官や聖女適正の手厚い介護もあって9名とも息を吹き返した。

 だが、清家と間宮にしても獄中で処刑を待ってるだけの死刑囚。

 それに残念ながら逃亡を企てた3名のクラスメートは呆気なく捕らえられ、処刑された。


 それほど仲のいい奴らではなかったけど、殺されるほどのことをしたのだろうか。

 

 断じてノーだ。日本人としての良識の上では。


 俺達はごく普通の高校生だ。


 平和な日本で生まれ育ち、日本国憲法と法の庇護下にあるべき存在。

 訳のわからない儀式に巻き込まれたりしなければ、平穏な日常を過ごしていたはずだ。


 ――――殺されるほどのことじゃない。

 

 郷田だって……命令に従っただけだ。

 

 竜王襲撃の件にしたって、あのシメオンとかいう司祭の命令だった。

 法王庁は闇の勢力に属する種族を敵視している。

 邪神降臨時、闇勢力となるからだ。

 闇の種族とは魔族や闇エルフ、その他にもゴブリンやオークなどの魔物も指す。

 竜族は中立。

 中立なのだが、千年前の魔神戦争では闇勢力として人族に挑んできたらしい。

 

 そして何より竜族が持つ古代兵器を恐れているようだ。


 俺達は何も知らなかった。

 いや、知らされてなかった。


 ミッドガル王国と法王庁の微妙な関係。

 竜王に対する互いの距離感。

 何も知らない俺達は、踊らされていた。


 もう、うんざりだ。

 意味のわからない政争に関わりたくない。

 

 桐野悠樹は心の中で、決断した。


 近々、俺達3名は神殿を発つ。

 千年前、邪神が降臨したとされる力場の調査に向うのだ。


 桐野悠樹、姫野茶々子、一条春瑠の3名は、神殿にある一室で、計画を練っていた。

 他のクラスメート達には悪いが、抜けさせてもらう。

 俺達が逃亡したところで、誰かが殺される事はない。

 懲りずに新たな勇者が、残されたメンバーから選出されるだけだ。




 ◆◆◆




「春瑠はどう思う?」


 桐野悠樹は一条春瑠に逃亡したクラスメートの3名が、あっさりと捕縛され処刑されたことについて尋ねた。


「僕は、このプレートが怪しいと思ってる」

「だよな……」


 プレートとは召喚勇者の称号授与式時に与えられた、金銀のプレートである。

 金のプレートは特権階級、貴族ではないが、ミッドガル王国では貴族と同等として扱われる。


「くっさいわよね……」


 茶々子も同意見のようだ。

 プレート自体は、ミッドガル王国が発行したものだが、法王庁が何かしらの細工をしてると3人は疑っているのだ。

 そのプレートは大事な物であるがため、肌身離さず身につけているようにと、きつく命じられてもいる。


 逃亡した3名も低ランク扱いだったとはいえ、召喚勇者。

 法王庁の神官騎士や、衛兵などに後れを取るとは思えない。

 一条春瑠は首から下げていたプレートを手に取り、まじまじと見つめた。


「ゲームとかにある呪いのアイテムとかじゃ、ないみたいだけどね」

「んだよなぁ……でも何かしらの魔力を感じるんだよな」


 桐野悠樹も姫野茶々子もプレートの両面を訝しげに見る。


「悠樹……」

「ん? どうしたんだ茶々子? そんな思いつめた顔をして?」

「……こんなもん、捨てちゃお」


 桐野悠樹も捨てるべきだとは考えている。

 考えているが、一条春瑠の返答も待ってみた。


「これは、僕たちが裏切った際に、何かしらの魔法が発動するものかもね」

「ああ、やっぱ春瑠もそう思うか。特権階級やら何だか知らないが、逃亡したらどうせ使えなくなるしな」

「で、いつ決行するのよ?」


 姫野茶々子が不安そうな表情で、桐野悠樹と一条春瑠の顔を交互に見つめる。


「途中だ……ユーグリット王国に到着するとやっかいだ。その間に隙を見計らって決行しよう」

「できれば、フェリエール港から西国に抜けたいんだけどね」


 一条春瑠の言うことはもっともだ。

 西国に抜ければ法王庁教圏外、そこまでは追手も容易く侵入できない。

 むしろ、法王庁やミッドガルの軍勢は他国への侵入に足踏みするだろう。


「でも、海をどうやって渡るかだよね」


 姫野茶々子が心配そうに補足した。

 

「最悪、泳ぐしかないかもな……」

「それだと服が濡れちゃうじゃないの!」

「その点は心配いらないよ。僕の魔法で何とかなるよ」


 一条春瑠に視線が集まる。


「どんな魔法なんだ? 海を凍結させながら歩くとかじゃないよな?」

「マンガじゃないんだし、そんなことは僕でも無理だよ」

「じゃあ、どうするのよ?」

「水面を歩く魔術があるんだ。ただ、僕の魔力が途中で尽きちゃうと、海にどぼんだけどね」

「どぼんじゃ困るのよ! どぼんじゃ!」


 あははと微笑む一条春瑠に、桐野悠樹が真剣に尋ねる。


「実際……どうなんだ、春瑠?」

「対岸まで10キロ……僕の魔力だとその半分かな。でも途中に島があるみたいだから、経由したら無事に渡れると思うよ」


 一呼吸入れて、姫野茶々子がツインテールを掻き上げ、一条春瑠に視線を向ける。


「その島はどんな島なのよ?」

「一応、西国の海域ではあるよ。駐屯兵もいるだろうけどね。でも島の影で、こっそりと休息することは出来ると思うんだ。ダメなら、それこそ悠くんが言うように泳ぐしかないかもね」

「なら……休息できることを期待するわ……」


 姫野茶々子は溜息を漏らした。

 一条春瑠も、逃亡を決意すると若干、気持ちが楽になった。

 そのタイミングで桐野悠樹が違う話題をぼやくように、二人に振った。


「あいつ……凄かったよな」


 二人がきょとんと桐野悠樹見る。


「あの王子だよ。俺達、召喚勇者を相手取り、臆するどころか彼は手を抜いていたよ」

「そんな訳……ないでしょ! あの子、8歳なのよ! 命拾いしたのはあの子の方よ!」 

「違うぞ……茶々子。命拾いしたのは俺達の方だ。彼が本気をだしてたら、あの場にいた者は全滅させられていた。春瑠はどうみる?」

「悔しいけど……悠くんの言う通りかもね」

「春瑠まで何言ってるのよ!」

「茶々子、そこは素直に認めた方がいい。認めないと今度こそ、不覚を取ることになる。運が良かったんだ。たまたま王子と食事をした……それだけで、俺達は見逃がされたんだ」

「悔しいけど……認める他ないわね……」




 ◆◆◆




 白鳥渚はベットで目を覚ました。

 白い天井。

 しかし、ここは病院ではない。

 白亜の神殿の医務室である。


 私は悪くない。

 悪いのはこの世界。いえ、前の世界。

 私の父と優しかった兄は航空機の事故でこの世を去った。

 母もショックで体調を崩し追う様に去っていった。


 気が付くと私は一人ぼっちになっていた。

 白鳥財閥の後継者争いで、私の後見人になった伯父は私を裏切った。


 当時、中学生だった私にはどうすることもできなかった。

 もう誰も私に優しく接してくれない。


 そんな私は夜の繁華街を毎晩のように彷徨い歩いた。

 家族と過ごした私の家。

 幸せだった日々。

 今の私には全てが幻想。

 こんな世界滅んでしまえばいい。

 みんな死んでしまえばいい。


 誰も私を必要としていないのだから……。

 ずっとそう考え生きてきた。


 その願いが叶った?

 それともこれは罰?


 この見知らぬ世界は一体なに?

 そして……あのガキが王子?


 私が失った者を全て持つ者?

 許せない。

 寒かった……。

 凍えるように寒かった。

 

 でも……あの子。

 私の好みかもね。


 隣にいた生意気な女。

 短剣を突きつけても微動だにしなかった。


 殺してやりたい。

 あの女が死んだら、あの子……泣いちゃうかしら?

 子どもを泣かせるって気分いいよね。


 私を泣かせた伯父も、さぞかし気分が良かったでしょうね。


 うふふ、いいわ。上等よ。


 私が支配してやる。

 何もかも、この世界で必要なのは力よ。


 白鳥渚は、ベットに横たわりながら、弓を引くポーズを取った。


 見えない矢が解き放たれた。


 見えない矢は壁をすり抜け、大空を舞っていた鳥を射抜いた。


「待ってなさい……あなたの大切な者は私が奪ってあげるわ」

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