第四十話「反逆」

 白亜の大理石に円柱が広がる広場にて、深紅の布を敷き詰めたスペースに、俺とメアリー、そして三人のクラスメートが、神殿より配給される食事を持って、所狭しと座った。


 彼らの食事は主にパンにスープに野菜。

 決して豪華な食事と言う印象は受けないが、この世界には食材を長期保存できる冷蔵庫は無い。

 生野菜や果物がメニューにあるだけでも、ある意味贅沢な食事とも言える。

 それに栄養バランス的には問題もなさそうだし、食い足りない者はスープとパンはおかわり自由だ。

 やはり厚遇されてると言っても過言ではない。


 メアリーの手製のサンドイッチも美味しいが、食べごたえと言う意味では明らかに彼らの食事の方が、優れているだろう。


 彼ら彼女らの話を聞けば聞くほど、俺は溜息とは違う長い息を吐く。

 桐野悠樹も一条春瑠も姫野茶々子にしても、元の世界に帰りたいと言う意見は一致している。

 それはこの世界に長く留まれば留まるほど、日増しにその気持ちが強くなると言う。


 その大きな理由は、人殺しだ。

 彼ら一般のごく普通の日本人にとって、人を殺すと言う事はテレビドラマや時折報道されるテレビの中での事件でしかない。


 その気持ちは俺にも十分に理解できる。

 俺だって当初は日本人感覚であった。

 人を殺すのは躊躇われた。

 しかし、あの日、星降る夜。

 誓いを立てた。


 ――――未来の家族を守る為に、冷酷非道にもなると。


 桐野が俺に向き直り、真剣な眼差しで見つめて来た。

 聞きにくいことを聞きたげな表情だ。

 そして何かを思いつめたように言葉を発した。


「清家と間宮はやっぱり処刑されるんですか?」


 この質問が来るであろうと、ある程度の察しはついていた。

 

「ああ、申し訳ないが、竜王様を襲撃した件は見逃すわけにはいかない」


 日本で8歳と言えば小学校の2,3年生だ。

 とてもじゃないが小学生の児童の口ぶりではない。

 見た目が子どもだと気を許してた一条春瑠と姫野茶々子の表情も、途端に引きしまった。

 それでも、姫野茶々子が不満げな声をあげる。


「子どもの王子に話しても無駄かもしれないけどさ、罪を犯してるって意味で言えば、そちらじゃなくて? 見知らぬ世界に拉致しといて、よく言うわよ」


 そう言いながらも姫野茶々子の両肩は小刻み震えている。

 声を荒げながらも、8歳児の俺の権力に畏怖を抱いてるのがありありと見える。

 

「あ、こらっ! バカっ! 王子様に向かってなんて言葉を吐いてるんだよ! …………どうもすいません。この子。ちょっと血の毛が多いんですよ……あはははは」


 咄嗟に桐野が後頭部に手を当て、困った表情で作り笑いをした。

 本来、俺にこんな口のきき方をしようものなら、真っ先にメアリーが口を挟んでくる。

 だが、彼らが俺の元の世界での学友だったことは話してある。

 メアリーもどう対応していいのか困惑し、俺の表情を窺うばかりだ。

 それでも俺が不機嫌な表情を浮かべれば、メアリーは容赦なく彼らを追及するだろう。


「もう、何よっ! 桐野! 王子様と話せる機会なんて早々無いんだから、聞きたいことはその場で遠慮なく聞くのが私のポリシーなのよ!」

「――――って……言ってもだな。相手は王子様なんだぞ! 王子様! 少しは口の聞き方を考えろ! バカっ!」

「バカとは何よっ! バカとは! あんたよりは偏差値は上なんだから!」


 二人のやり取りを眺めてた一条春瑠が、申し訳なさそうに俺に謝罪した。


「騒々しくて本当にすみません……できれば大目に見てあげて頂けませんか?」


 一条春瑠の謝罪でバカ騒ぎが発展しそうだった二人も、我に返ったようだ。

 そして一条春瑠が呟くように言った。


「僕達って使い捨ての勇者なんですよね……」


 当初、クラスメートの男子の半分以上は、異世界召喚されて大喜びしてたようだ。

 しかし、郷田と骨山があっさりと殺されたことを知らされた後、彼らの心は静まりかえっているようだ。


 いつかは自分達も同じような目に合うと、畏怖の念を抱いている風に見て取れた。

 彼らが醸し出す雰囲気は、ペットショップの売れ残りのペットのようだ。

 自覚しているようだ。彼らは彼らなりに自分達の置かれている状況を。


「で、でもね……」


 姫野茶々子が何かを言いたげに堪えている。

 堪えてはいるが、我慢しきれず言い放った。


「だって……私達が戦わないとこの世界は滅んじゃうんでしょ? それに腕っ節だって、私達に勝てる人なんて、この世界には、ほとんどいないじゃない!」


 何を思いつめてそんな言葉を吐いたのだろうか。

 その真意を確認するためにも、俺は茶々子に質問を投げかけた。


「偉そうなのよっ!」

「へ……?」


 意外な言葉に思わず目が点になった。


「だってそうでしょ? 自分達のエゴで私達を召喚しといて、必要なくなったら平気で殺すんだよ? 郷田や骨山にだって家族がいる。あいつらは……私達も自慢できるほど、そんなに良い奴じゃなかったけどさ……でもっ……」


 そこまで言って茶々子は嗚咽を堪えるように口に手を当てる。

 ――そのまま、茶々子は項垂れて泣きわめくのだろうと思った。


 ――――違った。

 何を言ってるんだ?

 俺の聞き間違いか?

 茶々子が流し眼で俺を睨んだ時、とんでもないことを口にした。


「私は、私達でこの世界に自分達の国を作るつもり、誰にだって邪魔はさせないわ!」


 気がつくと、周りに多くのクラスメート達が駆け寄って着ていた。

 俺達は15名ほどのクラスメートに取り囲まれていた。

 メアリーが咄嗟に俺を抱きしめ叫んだ。


「あ、あなた達……一体なんなのです!」


 俺を抱きしめながらもメアリーは、彼ら彼女を鋭く睨みつける。

 そして、一人の女の子が歩み出た。


「私の名は白鳥渚。もう……ね、私達は利用されるのはうんざりなの。王子様だっけ? 私達に利用されてくれないかしら?」


 白鳥渚。

 何となくだが、覚えている。日本人離れした肌の白さ。

 確か……如月澪の親友で……えーっと後、なんだっけ?

 そんなこんな考えていたら、メアリーが叫んだ。


「あなた達、こんなことをしでかして、タダで済むとは思ってないでしょうね!」


 ここには召喚勇者達を管理している司祭もいる。

 あの年若い司祭の方を見た。

 可哀想なことに彼の法衣は血で汚れ、息を引き取ってるように見受けられた。


 先ほど彼は笑顔で俺に「将来、この世界を闇から彼らが救ってくれるんです……しかしながら、彼らも見知らぬ土地に召喚されて戸惑っているようです。そんな彼らの気持ちを少しでも汲みながら、私も微力ながら助力できればと考えてる次第なのですよ、王子」――――そう語っていた。


「大人しく従った方が、身のためじゃないからしら?」


 白鳥渚は、短剣を舌舐めずりすると、シャキンとメアリーに突き出した。

 装備品は割と軽装で、背に弓をしょってることから、得意分野は察しがつく。


「ルーシェ様……いかが致しますか?」


 メアリーの温かい吐息が俺の耳をついた。

 周囲の状況を観察する。

 ここには、殺された司祭の他に警護の衛兵などはいないのだろうか?

 

 ――――勿論いる。が、しかし。

 視線を流した瞬間に10人以上の衛兵が、たった数人のクラスメートに呆気なく惨殺された。

 悲鳴をあげる間もなく。なかなかに手際が良い。

 元々、こんなチャンスを窺っていたのかもしれない。

 これは召喚勇者達が、不満に耐えかね、謀反を起こしたと言ったところか。

 そして、王子の俺を人質にしようってことなんだろうな。


 これはクラスメート全員の総意なんだろうか?

 隣の桐野悠樹と一条春瑠に視線を移す。


「すみません……王子。騙したみたいになってしまって……」


 桐野悠樹は小さく呟いた……。


「僕達だって……好きでこんなこと……」


 一条春瑠も震えながらそう言った。


「私だって……こんなのこと本意じゃないのよ。王子様、ごめんね……」


 姫野茶々子が、心痛な面持ちで詫びるように言った。

 そしてすぐさま白鳥渚が俺に言う。


「そう言う事ね。悪いけど、王子様には人質になって頂くわ……心配しないで、いいのよ。黙って協力してくれるなら、殺したりはしないんだから」


 人間、住む環境が変わり、追いつめられると、こうも変わるのだろうか。

 こいつらを一瞬で消し炭にすることはたやすい。

 一人残らず、殺せば、未来も大きく変貌を遂げるだろう。

 しかし、こいつらには、見知らぬ土地に捨てられた羊のような哀愁も漂う。

 だからと言って司祭を殺し衛兵を皆殺しにした罪を見逃すわけにもいかない。

 とまあ、意気込んでみたものの。

 俺はアリスティア教徒でもない。

 これは元々の事件とも関連性もなさそうな、巻き込まれ事故だ。


 一言でまとめると、そう――――。

 めんどくさい。 

 

「悪いけど僕は忙しいんだ。人質になるのは、ごめんだよ」


 まぁ俺に選択権などないって言いたげな空気ではあるけどな。

 俺が本気になれば、一瞬でケリがつく。


「一応……念のために言っとくけど、君達が束になっても僕には勝てないよ」

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