第四十一話「反撃の狼煙」

「ルーシェリア王子、随分と余裕の表情ね。あなたが天才魔術師なのは、私達も無論、承知。でもね、この人数を相手にどうにかなるのかしら? それにあなたは魔術師、至近距離じゃ手の出しようがないわよね。少しでも呪文を詠唱したら、このお姉さんを、一突きするわよ?」


 白鳥渚は不敵な笑みで、今だメアリーに短剣を突き付けている。

 メアリーはそんな脅しには屈しない、じっと白鳥渚の瞳孔を睨んでる。

 だが、短剣の尖端は、あと数センチでメアリーの頬を傷つけそうだ。


「そんなとこ、摘んでなんのつもり? ケガして痛い思いするだけだよ?」


 俺は軽く白鳥渚が突き出してる短剣の尖端を摘んだ。


「悪いことは言わない。こんな短剣じゃ僕は倒せない。今すぐ短剣を引いて、降伏することをお勧めする」


 白鳥渚の表情に凄みが増す。

 それと同時に短剣にもぐっと力が籠った。

 白鳥渚の後ろにいるクラスメート達も攻撃の態勢に入る。

 隣にいる桐野悠樹と一条春瑠と姫野茶々子は俺の動向を窺ってるだけで、手出しする素振りは見せてない。

 意気込んでいた姫野茶々子までが、怖気づいたように戸惑いを見せている。

 だが……もうこれ以上、俺も黙っている訳にはいかない。

 俺は無詠唱で魔術を発動させた。氷結の魔術だ。


「忠告はした。僕の魔術は短剣を伝わって君の身体を凍結させる」


 短剣の刀身が一瞬で、凍結したように白く濁った。

 白鳥渚は慌てて短剣から手を離そうとしたが間に合わない。

 凍りついた短剣に驚きを見せ。

 そのままの表情で全身が凍結した。


「メアリー、飛ぶよ」

「あ、はい!」


 メアリーの腕にぎゅっと力が篭るのを感じた瞬間。

 俺は空中へ、ふわりと浮いた。

 クラスメート達の身長の3倍の高さまで瞬時に浮上。

 そのまま巨大な火球を出現させる。

 狙うは氷結してる白鳥の後ろで固まってる5人組みだ。

 即時、投げ撃つ!

 熱風を巻き上げ、唸りをあげた巨大な火球が5人のクラスメートを飲みこんだ。

 途端、5人のクラスメートが驚愕の声をあげる。


「あ、熱い、も。燃え……あぎゃあああああ!!!」


 炎に飲まれた5人は悶え苦しむ。

 ――――ここまでの経過時間。

 白鳥を氷結させ、10秒も経ってない。

 

 残りは右に3名。左に4名。

 衛兵を殺した3名もこっちへと走って向かってくる。

 右下方には依然として、桐野悠樹と一条春瑠と姫野茶々子がいる。


 全部で19名のクラスメートが、この場にいたことになる。

 そのうち、6名は戦闘不能。

 あと、13名。


 ――――全員……殺しておくか。


 一人でも多く殺しておけば、未来でのリスクが減る。

 この機会にこの場にいる者だけでも、皆殺しにするのも悪くない。

 それに今回の件は俺には非がない。

 法王庁とて、司祭に衛兵が殺されてるのだ。

 俺を断罪しようなんて考えるはずもない。

 むしろ俺が抗議の声をあげてもいいぐらいだ。


 俺は両手をあげた。

 二つの巨大な火球を出現させる。


 左右のクラスメートを、この紅蓮の炎で焼き尽く為だ。

 反撃を警戒しているが、反撃がない。

 左右のクラスメート達は、真ん中で燃え尽きたクラスメートの痕跡を見て、ただただ愕然としていた。


 彼らに狙いを定め、火球を放とうとした直前。

 姫野茶々子が彼らを守るように躍り出た。


「邪魔だっ! どけっ!」


 姫野茶々子もろとも焼き焦がしても構わない。

 だが――――『郷田や骨山にだって家族がいたんだよ』

 茶々子の言葉。

 同時に元の世界で両親の墓前に、花を添えた時の風景が脳裏に過ぎった。

 過ぎったが、火球は既に放たれていた。

 しかし、一瞬の躊躇の隙に茶々子は魔法障壁を完成させていた。

 左の4名は、紅蓮の炎に焼かれたが、右の3名は茶々子の魔法障壁に阻まれた。


「お願いっ! これ以上、殺さないでっ!」


 姫野茶々子はツインテールを揺らし、項垂れ涙を流す。

 その茶々子に桐野悠樹と一条春瑠が彼女を庇うかのように駆け寄った。

 

 10名の衛兵を容赦なく虐殺した、3名のクラスメートも視界に捉えた。

 距離的に10メートルほどだろうか。

 遠距離から彼らを撃ち貫く為に、氷の槍を前方の空間に出現させる。

 狙いをつけ撃ち放つ、氷の槍は奴らを鋭く刺し貫くだろう。

  

 かと思ったが、3人は俺に恐れを成したのか、踵を返し左に折れ逃げるように走り去っていった。

 ターゲットを失った氷の槍は、円柱を貫き砕くと消滅した。


 それとは別の方角から、更なる衛兵と神殿の司祭。

 そして残りのクラスメート達、その先頭には、必死の形相な教師の八代がいた。


 そして……空中に浮かぶ俺に姫野茶々子が涙目で訴えた。

 涙目ながらも俺を恨むかのような鋭い視線。


「何も殺すことはなかったのにっ! ひ……ひどいっ! ひど過ぎるよっ!」


 俺とメアリーは床に、ゆっくりと着地した。

 そしてメアリーが茶々子に厳しい視線を浴びせ言う。


「子どもを人質に取ろうとするなんて、あなた達の方こそ、下賤です! ましてやルーシェ様は、あなた達に忠告までしました。降伏しなさいと。その忠告を無視した結果です!」


 メアリーの言葉に姫野茶々子はぐっと何かを堪えた。

 教師の八代を先頭に、先ほど見えた衛兵や司祭がこの場まで駆けつけて来た。

 衛兵が7名。司祭が2名。クラスメートはこの場にいなかった全員かもしれない。


「ルーシェリア王子、これは一体何事なのです?」


 一人の衛兵が驚き顔で、俺に尋ねてくる。

 

「見ての通り、反乱を鎮圧した」

「は、反乱ですと?」


 ――――絶命してる若い司祭。

 そして惨殺された10名の衛兵。

 

 彼らの亡骸が、如実にこの惨劇を物語っていた。

 3名のクラスメートが逃亡したことも伝える。


 今回の事件で俺は召喚勇者を虐殺した。

 瞬時に凍結させた白鳥渚は、蘇生が可能かもしれない。

 ……が、9名のクラスメートを、この手で殺した。

 

 ――――直接、人を殺めたのは初めてのことだった。

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