第三十二話「やきもち?」

 二人とも驚いている。

 一目瞭然だ。

 俺の発言。

 まるで、この世界の住人であることを、否定しているかのようだ。

 そして――ある思いが俺の脳裏を駆け巡った。

 激しい後悔の念が押し寄せる。


 ――――ああ。


 これで俺もあの郷田と同類と見做されるのだろうか。

 よくよく考えてみると俺もそうだが、メアリーは召喚勇者達にあまり良い感情は抱いてない。

 ドロシーにしてみれば、敵同然だ。言葉にしてみて気がついた。

 そこまで考えが及んでいなかった。


 あの日、フィルと郷田の決闘の日。

 メアリーが郷田に向けた視線はゴミ屑を見るかのような目であった。

 俺は自分の浅はかで迂闊な発言に後悔した。

 今まで俺には特別優しかったメアリーの態度が豹変すると。

 絶望感が押し寄せてきた。

 ――――嫌われる。


 二人は何を思い何を考えてるのだろう。

 ただただ、茫然としている。


 涙が溢れ零れおちそうだ。


 俺は前髪ごと項垂れ、小さく呟いた。


「嫌われちゃったかな……」


 そう呟いた俺をメアリーが優しく抱きしめてくれた。

 ――――あれ? 嫌われてない?


「私はルーシェ様がお生まれになった日より、ずっとずっとルーシェ様のお傍に仕え、想い続けてきたのですよ。記憶がなんであれルーシェ様には変わりは無いのですっ!」


 ――――とても優しくて温かい。

 我慢してた感情がどっと押し寄せて来た。

 

「ぐびぃ……」


 29歳の俺の不安は16歳の少女に癒された。

 メアリーに抱きしめられながら、ドロシーの様子を盗み見た。


 ドロシーは前髪をいじいじしながら、俺とメアリーから視線を逸らしていた。


「今夜も星がとても綺麗なのです」


 ドロシーがそう囁いた。

 涙で霞んで見える星空が、とても印象に残った。


 気持ちが落ち着いてきた。

 不安に感じていたことが解消された気がする。

 そろそろ本題を話さないといけないな。


 今の気持ちなら安心して話せそうだ。

 そして俺はもっとも二人に伝えたかったことを話した。


「わ、私が王子の嫁なのですかっ!」


 ドロシーが時空魔術とやらで、未来からこの時代に訪れたことを話した。

 そしてそのドロシーは俺の嫁だったことも伝えた。


 ――土下座は無かった。


 それどころかドロシーは頬を紅く染めた。

 もじもじと照れ始めた。


 未来から来たドロシーは『私の年齢は300歳以上』だと言っていた。

 でも、そんな気はまったくしない。

 そもそも魔族は人族よりは遥かに寿命が長い。

 だからだろう。

 見た目は中学生ぐらいに見える。


 それはまあ、いいとして……。

 

 本来ならこんな突拍子もない話、信じてくれる訳もないのだが、ドロシーはいともあっさりと信じてくれた。  


 世界の理を破滅させると言われる禁断の魔術。

 そう……ドロシーはその魔術の研究をしていた。

 この時空魔術は禁忌中の禁忌とされ、語ることすらも魔術師ギルド及び、魔法都市エンディミオンからもきつく禁じられている。


 その時空魔術のことを、俺はさも当然のように話したからだ。

 そんな魔術とは露ほども知らずに。


「王子……今の話はご内密にお願いできますか?」


 ドロシーはうっかりと、俺に漏らした。

 聡明なドロシーだが、どこか抜けているところがある。

 そしてドロシーは低い鼻を啜ると小さく呟いた。


「まるで、夢物語のようなお話なのであります」


 ふと気がつけば、ドロシーの様子が一変していた。

 夢見る乙女が目の前にいた。

 ドロシーは目をキラキラと輝かせると、じんわりと俺の手を握った。


「わ、わたくしドロシーは王子に相応しい存在なのでしょうか、本当に私を迎え入れてくれるなら、これ以上に心から嬉しいことはないのです」

 

 意外だった。

 未来の嫁とは言え、あっさりとドロシーは俺を受け入れた。

 ドロシーはショタコンなんだろうか?

 いやいや、そんな単純なことじゃない。

 彼女は彼女なりに何か思うところがあるのかもしれない。


 そうは考えてみても、俺の頭の中は真っ白になった。

 ポカンと放心状態に陥った。


 こんな経験は29年間の人生で、一度たりともしたことがない。

 これは俺のイケメン補正の力が、発揮されたのだろうか。


 俺の手を握っているドロシーの手に、ぐっと力がこもる。

 女の子に告白して受け入れられた。

 夢心地のような幸福感に満たされていく。

 ドロシーの目もとろんとしていた。


 ふわっとした気分に包まれていると、軽くつんつんされた。

 何だろうとメアリーの方へと振り向くと、彼女が頬をぷくっと膨らませていた。

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