第三十三話「夜明け」

「ルーシェ様は、まだ7歳です。結婚だとか言う話は早すぎます!」


 そう言いながらメアリーは俺の魔法衣の袖を引っ張った。

 俺とドロシーは呆気にとられた。

 もしかして、メアリーは俺に対してやきもちを妬いたのだろうか?


 俺は精神年齢は29歳のヒキニートだが、やはり身体は7歳児。

 それに比べ、メアリーは16歳、ドロシーは300歳以上のロリババア。

 とてもじゃないが、ラブコメチックなアバンチュールまでの発展など到底ないと踏んでいた。


 が、しかし。


 メアリーが俺にやきもちを妬いてくれたなら素直に嬉しい。

 そうなると、この7歳児の身体がもどかしくも感じた。


 ――――――――そして俺は俺自身の謎を解き明かさなくてならない。

 ――――そう決意した。


 この身体の失った7歳以前の記憶。

 俺の前世の世界での記憶と投げ捨てた人生。

 まだ見ぬ未来で起こりえる惨劇。


 それに打ち勝つには俺自身が成長しなくてはならない。

 強い意志で未来に挑まなくてはならない。

 前世が豆腐メンタルのヒキニートだったんだって、いつまでも己を甘やかしている訳にはいかない。


 未来から来たドロシーとマリーとの約束を果たさなくてはならない。

 そう硬く誓った俺は言葉を発した。


「メアリーにも大事な話があるんだよ」


 メアリーは何か考え込む時、口元に指をあてる癖がある。

 

「私にも大事な話? なんでございましょう」


 未来から俺に会いに来たのはドロシーだけではない。

 もう一人、今の俺と同い年の少女がいた。

 その少女は短い時間ながらもメアリーを慕っていた。

 髪の色、瞳の色。

 そのどちらもメアリーと同じである。

 あくまで仮説でしかないが、マリーはメアリーの娘ではないだろうか。

 いや、むしろ俺はそう前提づけたい。

 

 そうであってほしいと思う。

 メアリーとマリー、どことなく名前にも共通点がある。

 前世の俺の世界ではメアリーはマリアの英語形。

 マリーはマリアのフランス語形だ。


 俺はたまたま『それ』を、知っている。

 もしメアリーとの間に子どもができたなら、マリーと名付ける可能性がないとも言い切れない。


 そしてマリーステラの『ステラ』はラテン語で星を意味する言葉。

 空を見上げた。

 夜空には美しい星の海が広がっている。

 今夜は未来の俺にとって、大切な追憶の日となっていることだろう。

 

「メアリーは覚えてるかな?」

「なんでございましょう?」

「僕が病から目覚めた日の翌日、だったかな? マリーって少女のことを僕は君に尋ねたよね?」

「そう言えば……そんなことがありましたね」

「未来から来たのはドロシーだけじゃないんだよ。もう一人、僕と同い年の少女がいた。そしてその子の名前はマリーステラ。その子は僕の娘だと名乗ったんだよ」


 ――そして、その少女。

 マリーはドロシーの子ではなく、メアリーにとても雰囲気の似た子だと伝えた。

 もしかしたら俺とメアリーとの間に、生まれた子どもかもしれない。

 俺はそうメアリーに話した。

 ただ……マリーの母親が誰かに殺されたということは伏せておいた。


「ルーシェ様は、そ、……そのう。その少女。私とルーシェ様の子どもかもしれないとおっしゃっているのですね?」


 俺が返事するとメアリーは、戸惑いの表情を浮かべ沈黙。

 深く考え込んだ。

 ドロシーは我に返ったように驚いている。


 あの晩、ドロシーやマリーに時間があれば、もっと色々と聞きだせたかもしれない。

 でも、ドロシーはこうも言っていた。


『私が全てを語ることによって、今の時代のルーシェの人生を束縛したくはないのです』と。


 己の人生は己で切り開くものだ。

 その気概が前世の俺には皆無だった。


 ――――――――二度目の人生は本気で生きる。

 ――――家族を守る。


 大切なものを守る為に生きていく。

 そこにはどんな苦難が待ち受けていようと、メアリーとドロシーがいてくれれば、俺の心はくじけることはない。


 今は心からそう感じた。


「あ、流れ星です」


 ドロシーが流れ星を指差した。

 俺とメアリーも流れ星を見上げた。


 そう言えば、魔逢星の問題もある。

 シャーロットが、かつて経験したような魔神戦争が本当に起こりえるのだろか?

 勇者に魔神か……。

 本当にここは異世界なんだなぁ。


 ――――気がつけば日が昇り始めていた。

 新たなる夜明けだ。


 黎明の魔術師、ルーシェリア・シュトラウス。

 この世界での俺の名だ。

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