第三十話「湖畔にて」
陽も沈み暗くなった頃。
ドロシーに案内され、城の裏手にある断崖絶壁まで案内された。
ここから湖も一望できる。
水面に反射し揺らめく満月が幻想的だ。
ドロシーはここから眺める星空がとても好きらしい。
そんなにも、お気に入りの場所に案内してくれるってことは、多少は気を許してくれているのだろうか。
そして俺達は星空を眺め。
俺を中心に並んで座った。
そしてドロシーがぽつりと呟いた。
「王子は魔逢星をご存じですか?」
魔逢星とは千年に一度の周期で、接近する彗星のことだ。
彗星が飛来すると邪神が降臨し、世界の秩序が崩壊する大災厄に見舞われると、語り継がれている。
世界は闇で覆われ、魔神が縦横無尽に暴れ回り、破壊と混沌が渦巻くという。
この世界に伝わる歴史でもあり、ある種の預言でもある。
黙示録だ。
俺の両親が北方のユーグリット王国へと旅立った、最大の理由もそこだったようだ。
ユーグリット王国は千年前、邪神が降臨したとされる痕跡がある国である。
それで外交も兼ね、調査に向かった。
両親が旅立ったのはフィルの決闘の日と同日。
よくよく考え直してみれば、元々両親の出立の日程は組まれていた。
偶然にも重なってしまっただけ。
俺は色々と考え過ぎていたところもある。
シャーロットのように千年以上、生き続けてるエルフ族にとっては、伝説でもなんでもないのだろうが、寿命が短い人族からしてみれば何世代もかけて、語り継がれてきた歴史である。
歴史ではあっても戦時中の日本を、直に知らない日本人と同じだ。
俺からしてみても戦国の世、織田信長の時代ですら物語色が強い。
ゲームやアニメなどのサブカルチャーの影響を受けてるのも、理由の一つではあるとは思うのだが。
「竜王様は千年前、魔を退け、人族とともに戦いました。私もその時代のことは存じ上げませんが、それは熾烈を極めた決戦だったと聞き及んでいます」
そう言うドロシーの頬は月明かりで濡れていた。
竜王は竜族、ドロシーは魔族。
「どうして……人族の為に命をかけて戦った竜王様が、こんな目に……遭うのでしょうか」
ドロシーは悲しそうな表情でそう言う。
この世界は人族至上主義らしい。
なるほどって思った。竜族や魔族は闇側の種族。
ダークエルフの師匠も、そうなのかもしれないが。
圧倒的なマジョリティを有する人族が、闇を恐れ、闇の者達を迫害してきた歴史を、ドロシーは語った。
「心優しき竜王様は人族を心から愛していらっしゃいます……それなのに……あんまりです!」
ドロシーは嗚咽を漏らした。
話を聞けば聞くほど根深いものを感じた。
メアリーもこの手の話は苦手らしい。
ハンカチで涙を拭っている。
――――俺に出来ること、それは何だろうか。
ドロシーの気持ちを少しでも和らげてあげたい。
彼女の背負っているもの、俺も背負って負担を軽くしてあげたい。
きっと未来の俺も同じ気持ちになったに違いない。
俺は迷った。
俺はこの身体は7歳以前の記憶を喪失している。
不思議と魔術に関する記憶は日々蘇るのだが、日常生活のことに関してはさっぱりだ。
もちろん、そのことはメアリーも知っている。
だが、未来から嫁と娘が来訪してきた話はまだしていない。
マリーとドロシーが未来に帰った日の翌日。
俺はマリーのことを、メアリーに尋ねた。
しかしメアリーは不思議とマリーのことを、覚えていなかった。
家族全員がそうだった
だから俺も、そのことについては口を閉ざしてきたのだ。
――――そして、今ここで打ち明けようかと迷っていた。
考え込んでいると、ドロシーが俺に疑問を投げかけてきた。
「そういえば王子は何故、竜王様をお訪ねに参ったのですか?」
公式訪問でもなければ、暗殺にしに来た訳でもない。
ドロシーの疑問はこの一点に注がれた。
俺の理由としてはドロシーに会いに来た。
ただ、それだけだ。
でも、それをそのまま告げたら、ドロシーの疑念が増すだけ。
未来のドロシーが時空魔術で俺に会いに来たことを、彼女は知らないからだ。
本来の主目的は、事件当日の真相を聞きだすこと。
メアリーやウルベルトは、そう考えての賛成だったのだろう。
そのため、旅人に扮装してここまでやってきた。
世間話の中から情報を引き出せると考えての行動だった。
ところがここで、未来からドロシーが来たなんてSFチックな話。
メアリーが聞いたらどう思うだろうか?
だが、前進する為にも思い切って、話を切りだしてみるべきだろう。
メアリーとドロシー、どちらも信用にたる人物だ。
悩んだ末、俺は結論に至った。
二人に打ち明けることを決心した。
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