第二十九話「対話」

 そう、そこにいるのはドロシーで間違いなかった。

 ドロシーが纏ってる衣装も未来からきたドロシーと、同じ物を着用していた。

 黒のとんがり帽子の黒のローブにマント。

 あの日、出逢ったドロシーそのものだった。


「竜王様は只今、療養中であるがゆえ、今は何人たりともお目通りは叶いません。申し訳ないですが、諦めてお引き取りください」


 ドロシーは城壁の上から俺達にそう伝えた。


 やはり懸念していたように、竜王には会えそうにない。

 だが、現時点で俺の目的はある意味、達せられたともいう。

 俺が会いたかったのは竜王ではなくドロシーなのだから。


「ルーシェ様、どういたしましょう?」


 隣のメアリーが俺に判断を仰いだ。

 とりあえず、ドロシーの元気な姿を見れた。

 だが、残念なことにご丁寧にもお断りもされた。

 これ以上無理強いしてドロシーを困らせたくもない。

 嫌われたくもない。

 そう考えると慎重にもなる。

 日を改めて訪れるとするか。 

 そう思った矢先、ドロシーから質問された。 


「隣の女性の方……今、ルーシェと申されましたか?」


 メアリーの声は隣の俺に話しかけたものだ。

 とてもじゃないが、城壁の上にいるドロシーの耳までは届きそうにない。

 そう思ったのだが、耳がいいのだろうか。

 聞こえたようだ。


「もしや、あなたはミッドガル王国の王子ではないでしょうか?」


 ドロシーは俺のことを知っているのか?

 そんな訳はないと思う。

 こっちのドロシーとは初対面のはずだ。

 俺のことを何処かで聞いたことがあるのだろうか。


 相手はドロシーだ。嘘はつきたくない。俺は正直に名乗った。


「では、隣の女性はメアリーなのですね」


 ドロシーはメアリーのことまで知っている。

 メアリーに視線を飛ばす。

 無論、メアリーは私にも訳がわからないと、首を振って俺に返事した。


「さては……旅人に変装し竜王様を討ちに来たのですね」


 ドロシーのしゃべりには抑揚がない。

 棒読みのように淡々としている。

 敢えて感情を見せてない。感情には隙ができる。

 最初からドロシーは俺達を警戒していたのだろう。

 それは恐らく俺達だけではなく、ここに訪れる全ての者を警戒してるに違いない。


 ――――しかし困ったことになった。

 ……話がとんでもない方向へと流れてしまった。

 ドロシーは、どうして俺やメアリーのことを知っているのだろうか。


「僕はルーシェリア・シュトラウス。そしてこちらがメアリーで間違いない。けど、君はどうして僕らのことを知ってるんだい?」


 ドロシーの質問を俺は返した。

 

「エンディミオンアカデミーの卒業式の日。私もあの場にいたのですよ」


 俺は魔法都市エンディミオンにある、エンディミオンアカデミーを首席で卒業してるとメアリーに聞いていた。

 つまり、学園内でも目立った存在だったに違いない。

 なるほどな……。

 一般人の服装にしたことが返って仇となったようだ。

 これなら、正装で来るべきだった。

 それならそれなりの理由もとりつくろえた。


「それは違う。君は誤解をしているよ」

「でしたら、それを証明することができるのですか?」


 ドロシーの言い分はもっともだ。

 だからと言って、この場で何をどうやって証明したらいいのだろうか。

 ドロシーとやり取りしてる間にも夕陽は更に沈む。

 

 今の俺がドロシーにできることと言ったら、情報を与えることしかできない。

 ならば、今までの経緯を誠意をもって伝える他ないだろう。


 全てはフィルの決闘の申し込みから始まり。

 竜王様を襲った4人のうち、郷田と骨山がウルベルトの手によって処刑されたこと。

 清家と間宮は牢に繋がれていること。

 彼らに命令したシメオンが毒殺されたことを話した。

 できる限り知りうること真摯に話した。

 信じてもらえるだろうか?


 ドロシーはドジっ子だが聡明な子だ。

 一度会っただけが、俺はそう感じていた。

 

「つまり王子は、全ては法王庁の陰謀で王国は一切関知していない。そう申しあげたいのですね」


 そうか……そう解釈することもできるのか。

 シメオンはアリスティア教の司祭だ。

 ミッドガル王国に仕えている訳ではない。

 元の世界に喩えると、他の会社から出向してきているようなものだ。


「私は王子の話をもう少し詳しく知りたくなりました。城へとご案内は叶いませんが、私個人としてお話をお伺いしたいと思います」


 ドロシーは聞く耳を持ってくれた。

 時間さえかければきっとわかってくれる。

 ドロシーは頭の良い子なのだ。


「よかったですね、ルーシェ様」


 メアリーは、ほっと胸を撫で下ろし俺に微笑む。

 ドロシーが城壁から飛び降りた。

 俺のように空を縦横無尽に飛んでるって感じではないが、ふわりと地面に着地した。


 ドロシーが俺達の方へと歩いてくる。


「竜王様はこたびのことで心を痛めておいでです。私は許せません、ことの次第によっては竜王軍を率い王城を焼け野原に変えるつもりです」


 そう語るドロシーの瞳は悲しみに溢れていた。

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