第二十二話「ルーシェリア・シュトラウス」

 音が聞こえない。

 ――静寂だ。


 シャーロットの奏でる声音も。

 郷田の呻き声も。


 二人の位置を中心とした一定の範囲から、物音ひとつ聞こえてこない。

 俺は同時にその場を支配する魔力の流れを感知した。

 

 シャーロットは口パク状態になっている。

 郷田を締め上げていた樹の根が、地面へと還っていく。


 シャーロットもこの異変にハッと気がついた。

 俺は魔力の流れを追跡。


 途端、目が合った。

 

 間宮だ。


 間宮が魔術で後方支援している。

 この魔術はサイレント。

 一定範囲内の音を消しさる魔術だ。


 シメオンの口元がにやける。

 目も笑っている。

 あいつが指示してやらせたのか?

 汚ないやつだ。

 何が神聖たる決闘だ。

 最初からそんなものは無かったんだ。


 自由になった郷田が地面の剣を拾う。

 さすがのシャーロットも為す術がないのだろうか。

 後ずさりする。


「ファッハハハッ、勇者の俺様にそんなチンケな術が通用する訳ねぇだろうが!」

「随分と汚い真似をしてくれるのね」


 シャーロットの言葉は皮肉めいている。

 彼女は誰の仕業かお見通しなのだろう。

 郷田が丸腰のシャーロットへ侮蔑の笑みを向けると、大剣を構えた。


 形勢が逆転し有利になったと見て、オースティン侯爵が身を乗り出す。

 感嘆の声をあげる。


 ……どうやら叔父上、いやオースティンは、間宮の後方支援には気がついていないようだ。


 師匠の危機。

 フィルが勇み立つ。

 いてもたってもいられないのだろう。

 今にも飛びだしそうなフィルを、俺は身を乗り出し制した。

 そして俺は歩き出す。


「ルーシェ様……なにを……」


 メアリーが俺の不可解な行動に不安な声をあげる。


「こんなくだらない戦い、今すぐ終わらせるんだよ」


 俺はメアリーに優しく微笑みかけた。

 ウルベルトが慌てて俺の袖を掴む。

 俺はウルベルトに振り向き言った。

 

「あいつら、神聖な決闘とか言いつつインチキしてるんだ」

「あの骨山とかいう者の投石の件でございますな」


 間宮がサイレントの魔術を使ったことはウルベルトも、メアリーもフィルも気がついてないようだ。


「間宮が沈黙の魔術で郷田を支援したんだ」

「それならばわたくし目が、代わりに不正を正しましょう」

「いや、いいよ。僕がやる。郷田には色々と聞きたいことがあるんだ。ここでフィルとメアリーが飛び出さないように見張ってて」

「し、しかし……それでは坊ちゃん」

「ウルベルト、これは命令だよ」


 フィルは俺とウルベルトの会話のやり取りを黙って見ていた。

 途端、フィルの表情が激情で燃え上がる。

 怒りで身体が震えだす。


「そうだったのかルーシェリア! もう許せない!」


 フィルが駆けだしそうになる。

 ウルベルトは忠実に命令を守った。

 メアリーが心配そうに俺を見つめる。


「僕は黎明の魔術師ルーシェリア・シュトラウスなんだろ?」

「あ、はい! ……でも」


 俺は自分の過去を知らない。

 この世界での俺の過去はメアリーと師匠ことブリジット・アーリマン。

 後、マリーとドロシーから聞いた話が全てだ。

 無論、あのクソみたいな元の世界での記憶は持ち合わせているが。

 

 郷田が動いた。

 武器を持たないシャーロットが回避行動にでる。

 その刹那――――。


 郷田の大剣は木端微塵に粉砕された。

 一同が俺を見る。


「茶番はおしまいだ。僕が全てのケリをつけてやるよ」

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