第二十一話「精霊使い」
郷田の言葉などシャーロットは一蹴した。
「あなたの実力では私には到底、勝ち目はないわよ。戦わなくてもわかりますわ」
「な、にゃにおー!」
さすが伝説の六英雄。
威風堂々としている。
郷田の武器は身の丈ほどある両手剣。
鉄の塊と言っても過言ではない質感を感じさせる。
それに対してシャーロットの剣は細身の剣。
あんな剣で、華奢なシャーロットが受け止めることができるのだろうか。
シャーロットは余裕の笑みを浮かべているが、果たして……。
そう考えながらも俺はそっとメアリーとウルベルトに触れた。
「坊ちゃん……」
「ルーシェ様……」
二人がヴィンセントの呪縛から解き放たれる。
フィルも俺達の元へと駆け寄って、じっとシャーロットと郷田の様子を窺う。
そしてフィルが俺の耳の付近で囁いた。
「ルーシェリア、僕……本当は少しばかり恐かったんだ……」
フィルは恥ずかしそうに、そう告白した。
王子としての英才教育を受けているのだろうが、10歳児だ。
恐くて当然だろう。
小学生が高校生に挑むようなもんだからな。
実際、それだけの歳の差もある。
だが、シャーロットならどうだ。
不覚をとるような事態にはならないだろう。
シャーロットは、伝説の勇者みたいなもんだ。
フィルの話によると、神話やおとぎ話にまで登場してるらしい。
たかだか二週間ほど特訓した郷田に勝ち目はない。
そう思う。
そうは思うが、油断はしない。
竜王をしばいた郷田の実力、侮りがたい。
「さあ、どこからでもかかってきなさい!」
シャーロットの一声で、郷田に火がついた。
怒り狂ったかのように猛然と突進。
大剣を振りかざし、容赦なく振り下ろす。
シャーロットは弾むように軽い身のこなしで剣を避ける。
郷田の大剣が大地を穿つ。
土埃が宙高く舞い上がる。
――その衝撃。
地面を伝わり俺の足元にまで響き渡る。
凄まじいほどの剛腕だ。
鉄の塊を縦横無尽に軽々と振り回す。
だが、見るからに、ど素人の剣さばき。
大地を割る破壊力だけは称賛に値するだろうが。
シャーロットには掠りもしない。
郷田の隙をついては、シャーロットの細身の剣。
容赦なく郷田を襲う。
それも明らかに手加減してるのが窺える。
郷田が怒り狂う。
「うおおおおおお! 当たりさえ、当たりさえすれば!!!」
――郷田が叫ぶ!
圧倒的な実力差。
シャーロットの剣さばき。
まるで芸術だ。
絶妙な角度で刀身を滑らせ受け流す。
郷田は我武者羅に剣を振り回すだけだ。
「もう勝負はついてるんじゃなくって?」
「ぶ、ぶっ殺してやる!」
郷田がシャーロットを睨む。
ハァハァと肩で息をする郷田。
制服もボロボロで満身創痍。
地肌が露出し流血している。
――――勝負あったな。
それでも郷田は剣を振るう。
郷田の身体能力は魔王級。
だが、技量が足りない。
そろそろ決着がつく。
そう思った。
――その瞬間。
シャーロットが何かを刀身で払いのけた。
石だ。
郷田の眼光はその一瞬の隙を見逃さなかった。
シャーロットは咄嗟に郷田の大剣を受け止める。
パキーン!
シャーロットの刀身が折れ、はじけ飛んだ。
刀身は回転しながらブスっと地面に突き刺さる。
骨山だ。
石を投げたのは骨山だ。
足元に突き刺さった刀身に、骨山が腰を抜かし、尻もちつく。
シャーロットは折れた剣を無造作に投げ捨てると「ちっ」っと、舌打ち。
すかさず後方にステップを踏む。
郷田の剣先がシャーロットの髪を、ほんの少し掠めた。
……あ、あの野郎っ!
「形勢逆転だな」
郷田が大剣を片手で握り、シャーロットに突き出した。
途端、笑いだし勝ち誇った。
「約束は守ってもらうからな」
「もう勝った気でいるの? 甘いわね」
シャーロットの双眸。
戸惑うどころか、笑っている。
石を投げた骨山を責めることもなく、シャーロットは奏でるように聞きなれない言葉を紡いだ。
にょきにょきと、樹の根が地面から生えた。
樹の根は郷田の足から上半身へと絡みつく。
「く、くっそ! ふざけやがってっ!」
「もがけばもがくほど絡みつくわよ。負けを認めなさい!」
シャーロットはそれだけ伝え、更に歌姫のように言葉を紡ぐ。
フィルは表情を、ほころばせると自慢げに語る。
「師匠は精霊使い。あれは精霊ドリアードの力さ」
フィルに聞く前から察しはついた。
『黄金の夜明け』たる魔術書にも、精霊系の召喚魔法の紹介ぐらいは載っていた。
ただ精霊魔法の特徴は召喚中、常に言葉を紡ぎ、精霊と心を通わせてなくてはならない。
みしみしと樹の根が郷田を締め上げる。
郷田の手から大剣が零れおちた。
苦痛に歪んでいる。
俺は周囲の状況を見渡した。
シメオンのおっさんは悔しがっている。
そしてすぐさまヴィンセントを警戒した。
しかし動く気配がない。
ついに郷田が悲鳴をあげる。
郷田がいかに怪力であったとしても、郷田の身体の9割以上が既に締め付けられている。
首より上しか身体が見えない。
シャーロットが最後の忠告をした。
「負けを認めないならしょうがないわね」
シャーロットの歌声が加速した。
俺はそう感じ取った。
隣にいるフィルもメアリーも、そしてウルベルトも息を飲んだ。
これで終わる。
俺にしてもありがたいことこの上ない。
確証はない。
確証はないが、俺や未来の家族を惨殺した可能性がもっとも高い男が郷田だからだ。
あばよ、郷田。
心の中で呟いた。
――しかしその直後、俺はある異変を瞬時に感じ取った。
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