第十五話「粉雪」

 ブリジット・アーリマンことビディ。

 魔法都市エンディミオンの学長でもあり、魔術師ギルドを総括する長である。

 そんな彼女がことの他、驚いている。


 どうやら火球をあそこまで大きくするには、並み大抵の魔力総量ではできないらしい。

 初級の魔術とはいえ、威力は王級。

 しかも燃え広がる炎を打ち消すために、雨まで降らせた。

 雨を降らせる魔術は混合魔術。

 四大元素の理解を深めし者が、長い年月の末ようやく完成させる魔術の完成系の一つらしい。


 それを俺は偶然にも容易くやってのけた。

 

 つまり俺の魔術の力量は上級を飛び越え、王級の魔導師ハイ・ウィザードと名乗っても申し分がないということ。


 若干、7歳で中級魔術の使い手、魔術師ソーサラーとして王都に凱旋したばかりだと言うのに、病から目覚めた俺は王級魔術の使い手に生まれ変わっている。

 しかも、体内を循環する魔力が減った気がまったくしない。

 そう、まだまだ余裕がある。

 いや、余裕があると言う言い方は語弊を生むだろう。

 無限だ。

 際限なく身体の奥底から魔力が込みあがってくる。


「ルーシェちゃんは混合魔術は苦手分野だったのにね。二週間ほど会わないうちに随分と成長したわね。魔力総量だってどんだけ増えてるのよ? いつものルーシェちゃんなら魔欠症状態に陥り倒れ込んでる消費量よ。普通に考えたらあり得ない話だわ」


 中級魔術について尋ねたはずなのに。

 逆にどんな特訓をこの二週間でしたのか質問された。

 答えようがない。

 病に伏せっていただけだ。

 

 いや……。

 正確に前世の記憶を辿ると、ここ最近の記憶は部屋でゲームをしていた。

 それだけなのだ。

 返答に困った俺はにへっと笑みを浮かべ、メアリーを見た。


「ちょ……ちょっと。わ、私は魔術のことはさっぱりですよ」


 メアリーは慌てたように首をブンブン振る。

 そして俺に駆け寄ってきた。

 その様子を無言でビディは腕を組んだ姿勢で、紅い瞳だけで追う。


「ルーシェ様、お風邪をひいたら大変です。すぐにお着替えを取りに戻りますね」


 メアリーはハンカチで雨に濡れた俺を優しく拭う。

 なんて優しいのだろうか。

 そして、なるはやに館まで着替えを取りに戻ろうとするので、俺はメアリーのドレスの裾を掴んだ。


「その必要はないよ」


 俺はここまでイメージだけでやってのけた。

 何故だか、できる気がする。

 温かい風。

 温風で乾かすのだ。

 途端、温かい風が俺達を取り巻いた。 

 メアリーのドレスが徐々に乾いていく。

 雨でべったりだったビディの灰色髪も、さらさらとなった。


「す、凄いですよっ! ルーシェ様!」


 メアリーが褒めてくれた。

 相変わらず紅い瞳がじっと俺を見つめている。

 急成長した俺を不審に思ってるのかもしれない。

 ビディが言葉を発した。

 言及してくるのだろうか。

 ところがそうではなかった。

 

「雨を降らせる魔術は分類としては王級魔術だけど、どこまでできるのか見せてほしいわ」

「あ、はいっ!」

 

 ビディの紅い瞳が有無を言わせない。

 ちょっとした威圧感を感じた。

 俺の全てを見透かそうとしているような、真剣な眼差しだ。


 全力でやる。

 俺自身が限界を知りたい。

 魔術に必要なのはイメージ力。

 今はそれだけがわかっている。

 この瞬間に俺自身の力量を見極めてやる。

 未来からやってきたマリーが俺に語っていた。

 郷田に家族が殺される。

 未来の家族を俺が守らないといけないのだ。

 

 決して自惚れてはならない。

 未来の俺は、魔術の才に溺れ、ろくな修行をしていなかったと聞いた。

 前世の俺も同様だ。

 努力を惜しみ、本気で何かに取り組んだことなどなかった。

 その結果、招いたのが哀れな未来だった。

 未来を守る。

 未来を守ることが過去を取り戻すことになる。


 よしっ! やってやるぜっ!

 

 俺は空を見上げ深呼吸。

 気持ちを落ち着かせる。

 視界にある青空を全て意識する。


 王国全体を覆い尽くしてやる。


 雨雲から豪雨、稲妻。

 そうも考えた。

 だが、そうはしなかった。

 急激に空気が冷える。


「うう、寒いのであります……って雪?」


 メアリーが空から降ってくる雪を見て呟いた。

 粉雪が空から舞ってくる。


 王国全体を包み込むように雪が降る。

 降り続ける。

 

 焼け焦げた土壌も、傷を癒すように雪に埋もれていく。


 季節は秋。


 今日、この日。


 ミッドガル王国を包み込むかのように、季節外れの雪が舞い降りた。

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