第十四話「魔術師ギルド」
初めて見るヨーロピアンな風景を楽しみながら、俺はメアリーに手を引かれ魔術師ギルドへと向かう。
王城とは逆の方角らしく、王侯貴族の別邸が立ち並ぶ居住区を抜け、市井の人々が暮らす家々が視界に入ってくる。
港に近づくと新鮮な果物が立ち並ぶ市場やら、武器防具屋なども目に付く。
潮風にのってメアリーの亜麻色髪が風になびく。
甘い香りが漂ってくる。
メアリーは俺の手を引きながらも時折俺を見下ろす。
その仕草は可愛らしくも優雅だ。
そして俺に、にっこりと微笑んでくれる。
俺もにっこりと微笑み返す。
とてもとても美人だ。
メアリーは黒のゴシックドレスを着用している。
生地が黒い分、瑞々しい白い肌が際立って見える。
体つきも女性らしくふくよかで、握ってくれてる手が柔らかい。
幸せな気持ちに浸っていた。
その気持ちを紅葉樹が更に色付けしてくれる、そんな気分だ。
「もうすぐ着きますよ」
大通りの角を折れると木々のアーチがある。
抜けると建物が目に入る。
石造りの建物で植物のようなツタが絡んでいる。
ミッドガル王国の魔術師ギルド支部は別名『魔女の尻尾』と呼ばれているらしい。
「到着しましたよ」
木製の両扉が客を招き入れるように開きっぱなしだ。
中に入る。
煌びやかな輝きを放つシャンデリア、ステンドガラス。
そして真っ白な柱に施された細微な彫刻。
アクセサリーのような装身具の数々。
魔術師用の杖や短剣にローブ。処狭しに飾られている。
ふと、脇に視線を移すと瓶に詰められた秘薬が並んでいる。
「いらっしゃい、あら? ルーシェちゃんじゃない?」
魔術師ギルドと言うよりも、元の世界のパワーストーンなどを販売しているショップって印象だ。
俺に声をかけた女性は漆黒のローブを纏っている。
芸術品のように整った顔立ち。
気品かつ妖艶な雰囲気は大人の女を感じさせる。
切れ長の目の瞳は紅い。
左右に伸びた長い耳がエルフだと主張していた。
しかしながら、肌は褐色で髪の色は灰色。
エルフではあるのだが、ダークエルフになるのであろう。
「ダークエルフ?」
ボソッと声にでた。
「あら、ルーシェちゃんはダークエルフはお嫌いだったかしら?」
ダークエルフは髪をさらっとかきあげると、俺の前にかがみ込む。
前世の俺に向けられた視線のほとんどは、嫌悪でしかなかった。
このダークエルフもダークなことを、気にしてるのだろうか?
「……そんなことないです」
「まあ、いいわ……用があって来たのでしょう?」
俺の師匠とやらが、ここにいるはず。
「あのう、お師匠様に会いに来たのです」
「どうしたの? ルーシェちゃん? いつもは私のことをビディって呼ぶのに、お師匠様だなんて」
彼女は紅い眼差しで俺を真剣に見つめる。
そうか、この女性が俺の師匠だったのか。
メアリーが少々慌てながら彼女に挨拶をする。
「あ、ブリジット・アーリマン様、お久しぶりですっ!」
「メアリーちゃんも元気そうね」
メアリーがチラッと俺に視線を流した。
彼女が師匠ってことを暗に告げてくれたのだろう。
「ビディ……」
呼びなれない名を俺は否応なく呼んだ。
彼女は沈黙したまま俺の次の言葉を待ってるようだ。
記憶を失ったことを正直に話したほうが、話が早いだろうか?
両親には内緒にしている。
だが、どうしたものか。
メアリーも息を飲むように見据えている。
すっとビディが立ちあがる。
「何か事情がありそうね」
そう言う彼女は優しく微笑んだ。
師匠とは言え、俺は彼女のことをなにも知らない。
信用にたる人物であるのだろうか。
わからないが、信じてみたい。
俺には未来の家族を守ると言う宿命がある。
あいつらに負けるわけにはいかない。
俺は両の拳をぐっと握り、言葉を絞り出した。
「ビディ、お願いがあります。僕にもう一度、魔術を教えてください」
そう言っても彼女は特にこれといって、言及してこなかった。
ならば無駄に話すこともない。
俺が知りたいのは俺自身の力量だ。
魔術師ギルドの奥から魔術の訓練場に繋がってるようだ。
外にでる。広い。
魔術練習用の案山子がいくつも並んでいた。
「とりあえず魔術を使ってみなさい。話はそれからよ」
どんな意図でビディがそう言ったのかはわからない。
わからないが、やってみるしかない。
部屋の中では危ぶまれた巨大な火球を作ってみることにした。
俺は案山子をターゲットに手のひらを前方に翳す。
小さな火球が出現。
魔力を流し込み、火球を大きくする。
みるみる火球が大きくなっていく。
火球は俺の120センチほどの身長を大きく上回り、地面を焦がした。
地面に接触したので、翳す手を少し上方にあげていく。
火球は巨大さを増すに連れ唸り、周囲の空気を乾燥させていく。
まだまだ大きくなる。
どこまで膨らむのだろう。
限界を知りたいとも思った。
俺は空に手を翳す。
火球の大きさは既に俺の身長の三倍を超えてるのだろうか。
まるで日輪のようだ。
熱風が俺の頭髪を焼き焦がしそうだ。
この辺が限界か?
まだまだ魔力には余裕がある。
いや、まったく限界を感じない。
とはいえ、熱い。
頃合いだな。
10メートルほど先にある案山子に火球を放った。
上空から対角線上に紅蓮の炎の塊が案山子を飲み込む。
そのまま地面に衝突。
そのまま火球は消えると思った。
だが、消えない。
油をまいた地面を焼き焦がすかのように、果てしなく燃え広がっていく。
熱風がぐっと押し寄せてくる。
これはやり過ぎだ。
俺は消化する為にも咄嗟に雨をイメージした。
すると雨雲を呼び寄せ、大雨を降らした。
ちょっと焦ったな。
今のは魔術書に書いてあった、初級の火球を大きくしただけだ。
中級の魔術を知りたい。
そう思い隣のビディの方へと振り向いた。
「ルーシェちゃん……今のは……」
振り向くとビディの目が点になっていた。
メアリーは何かに驚愕したかのように口を塞いでいた。
「ちょっと大きくしすぎました……」
反省を込め俺は小さく呟いた。
大地を紅く染め、地面の草花まで焼き焦がしたことに、二人は唖然としてるのだろう。
子供らしく屈託のない笑みを二人向ける。
そして更に言葉を続けた。
「ビディ、魔術のことを詳しく教えてください」
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