第十二話「空白の7年間の記憶・後編」

「ルーシェ様、紅茶でもお入れいたしましょうか?」

「あ、そうだね。お願いしようかな?」

「かしこまりました」


 メアリーは紅茶を入れ戻ってきた。

 うーん、いい香りだ。


「では、続きをお話しますね」


 そう言うメアリーの表情は明るい。いや、むしろ愉しそうだ。


「2歳になられたルーシェ様は寒い冬の時期に王宮庭園に私を外へと連れ出しました。何でも魔術の練習をすると言いだしまして。その日、私は魔術というものを生まれて初めて見ました。ルーシェ様が翳した手のひらの先に火球が出現し庭園の噴水を黒焦げにした事件がございます」


 やはり、この身体は魔法が操れるってことなんだろうか?

 しかし2歳でかぁ……前世の俺は2歳の頃どうだったかな?

 ぜんぜん……覚えてねぇや。


「それで事件後どうなったの?」

「もう大変な大騒ぎになりましたよ。2歳の子供が魔術を使うなんて前代未聞でしたから……。私もルーシェ様もその日は旦那様と奥方様にこっぴどく叱られましたね。まぁ、口では怒ってございましたが、二人とお喜んでおいでで、特に旦那様は険しい顔をしながらも我が子は天才だと終始口元が緩んでございました。ルーシェ様、紅茶のおかわりいたしますか?」

「ううん、それよりも続きが気になるよ」


 空のカップをメアリーが受け取ってテーブルの上に片付けてくれた。

 

「3歳になったルーシェ様は旦那様の言いつけで四年間、西方にある魔法都市エンディミオンのエンディミオンアカデミーまで海を越えて留学されました。その四年間の間の出来事は私は存じませんが、再会を果たした日、ご立派に成長されてまして私は涙をこぼしたものです」


 な、なるほど。

 俺は四年間、魔術の勉強をしてたのか。

 亜麻色髪の少年が久しぶりって言ってたのも頷けた。

 

「ルーシェ様は魔法都市エンディミオンの学長でもあり魔術師ギルドの長でもある。ブリジット・アーリマン様に認められ、わずか7歳で魔術師ソーサラーの称号を取得され黎明の魔術師ルーシェリア・シュトラウスとしてミッドガルに凱旋されました。それから間もなくしてです……ルーシェ様が高熱でお倒れになったのは……」


 なら俺の得意分野は魔術なんだろうな。

 でも魔術の使い方なんてさっぱりわからないぞ。

 うーん。メアリーにおさらいして貰う訳にもいかないよなぁ。

 あ、そうだ!


「ねぇねぇメアリーはドロシーって魔術師、知らないかい?」

「ドロシーですか……?」


 メアリーは真剣に考えてくれている。

 ……知っててくれると助かるなぁ。

 俺の未来の嫁だもんな。


「メアリーどう? 知らない?」

「うーん」


 なんだかダメっぽいな……。

 そう思った矢先、メアリーが思い出したようにポンと手を叩く。

 俺は思わず身を乗り出した。


「ルーシェ様、たぶんですけど竜王様の側近に一人『小さき魔術師』と呼ばれてる方がいらしゃいます。魔族出身の魔術師の方ですが、とても可愛らしく、おっちょこちょいだとのお噂です。その方の名が……ドロシーだったと思います」


 おお! ドロシーは竜王の側近なのかあ。

 ……ってまてよ? たしか今夜の勇者祝賀会こと晩餐会で、竜王が来るとか来ないとか?

 まさにグットタイミングじゃないか!


 魔法都市エンディミオンに留学してた四年間は今の段階では知る術はないが、ドロシーに会えるのは、ことはかとなく嬉しいぞ。

 俺の嫁になるとは限らないが……。

 

「よし! メアリーありがとう」

「もうよろしいのですか?」

「あ、そうだ! 王様に僕ぐらいの男の子の子供がいるよね?」

「フィリップ王子のことですね。王子はルーシェ様より3つ年上の10歳です。ルーシェ様とフィリップ王子はとても仲が良く、まるで兄弟のようです」

「僕は彼のこと、いつもなんて呼んでたの?」

「フィルですね」

「フィル……か」


 元気そうに頷いた俺を見てメアリーはクスッと柔らかい笑みをこぼした。

 笑みをこぼした美少女に俺は見惚れてしまった。

 

「どうされましたか?」

「いや、なんでもないよ。隣が父の書斎なんだよね? 僕が子供の頃、読んでた魔術書ってまだあるかな?」

「もちろん、ございますよ『黄金の夜明け』というタイトルの本でございます」

「じゃあ僕。ちょっと隣の書斎に行ってくるよ」

「私もお供いたしますよ」

「ううん、大丈夫だよ。メアリーも今夜の晩餐会に参加するんだから、それまでに用事片付けておいて」

「ルーシェ様、お心遣い、ありがとうございます」


 メアリーが紅茶セットを持って部屋から出て行くのを俺は見送った。

 さて……書斎に行ってみるか。


 廊下にでた俺は考えた。

 どっちのドアが親父の書斎なんだ?

 

 とりあえず向って左側のドアノブを捻ってみた。

 そーっと中を覗きこむ。

 書斎という雰囲気ではない……。


 可愛らし女の子の部屋だ。

 ベットの位置が壁を挟んで隣同士だった……。

 そーっとドアを閉じた。


 もしかしたら昨夜の晩。

 マリーやドロシーと話していた。

 割と声が聞こえてたかもしれないな。

 そう思ったが、メアリーはマリーが未来に戻った後。

 マリーのことを忘れ去っている。

 何かしらの魔法なんだろうか?


 ともあれ右のドアを開けると本棚にぎっしりと本が詰まってる。

 部屋に入った俺は『黄金の夜明け』というタイトル名の魔術書を探し回った。


 この部屋には書斎らしく机と椅子、紙と筆がある。

 火の付いてない暖炉の前にはソファーもあり窓から涼しい風が吹き込んでくる。

 換気してるんだろうな。


 本を見つけた俺は豪華なソファーに腰掛け、少々古びた本のページをめくった。

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