第十話「召喚勇者」
シメオンの後ろに続く一際、身長の高い男は銀縁眼鏡にスーツを身につけている。
その後ろから制服姿の高校生が、ぞろぞろと続く。
あの制服は俺が高校生の時に着用してた望み北高等学校の制服だ。
しかもスーツ姿の男。
俺の高校時代の担任の教師だ。
「ヒャッハー! 俺が勇者第一候補なんてやったぜ! 最高の気分だぜ!」
生まれながらの金髪というより不良高校生のDQNな茶髪だ。
耳と鼻に下品なピアスをしている。
俺はこいつを知っている。
小学時代から俺をバカにし犬の糞を俺の顔に擦り付け、俺のことをゴブリンだのオークだのとバカにした郷田だ。その郷田が勇者?
他の生徒も見覚えがある。
骨山は俺同様、勉強も運動も苦手で軟弱な精神のくせに郷田の腰ぎんちゃくみたいな奴で、俺を告白魔だと率先してバカにした。
もしやと思い女子生徒を見渡すと、やはりいた。
告白した俺に土下座した清家雫だ。
過去の胸糞悪い苦い記憶が鮮明に蘇る。
く、くそ……。
ドロシーとマリーの話だと俺は金髪野郎に殺される。
つまり俺や俺のまだ見ぬ家族を惨殺したのは郷田ってことなんだな。
俺は何か因果めいたものを感じた。
彼ら彼女らがこの世界に召喚されたのは二週間前ほどだと聞く。
俺が高熱で寝込んだのも二週間前らしい。
何かの因縁か? 俺は鳥肌が立った。
遠の昔に決別したはずの過去が再び邪神のように復活し、俺の前に現れたのだ。
「この二週間の間に召喚勇者達の適性検査は完了済みじゃい。反射神経、動体視力、頭脳から筋力に体力。あやゆる武具の才から魔術の才まで、その中でも、最もずば抜けてるのが郷田くんだ。彼こそが勇者の称号を授かるに相応しいであろう」
シメオンが王の御前で、彼こそ神託の勇者だと両手を掲げ叫んだ。
王間に喝采の拍手が吹き荒れる。
俺だけが恐らくその光景を苦々しく感じているに違いない。
「ルーシェリア、どうしたんだい? そんな険しい顔して」
「い、いや……なんでもないよ」
隣の亜麻色髪の少年があどけない表情を見せた。
「34名の若かりし召喚勇者達よ。よくぞ参った、これより、それぞれの才に見合った称号を授けるとする」
国王エイブラハムが王座より立ち上がる。
王に相応しい衣装を纏い重厚な外套をバサッと翻す。
王座の前の台座には銀色のプレートが人数分用意されており三枚だけ黄金に輝くプレートが目についた。
国王は40代? いや30代後半といったところか?
俺の親父アイザックに雰囲気がそこはかとなく似ている。
親父同様、ゆるい笑みを浮かべ瞳は賓客を迎え入れると言わんばかりに輝いて見えた。
白い法衣を纏うシメオンが王の隣に陣取り書類を眺めている。
俺から見たら高校時代の教師とクラスメートが王の御前に整列してる。
そして準備が整ったのかシメオンが骨山の名を呼んだ。
骨山は緊張しながら歩を進め軽く会釈した。
「王様……」
「なんじゃ?」
骨山が張ちきれんばかりの緊張状態で声を発した。
「ぼ、ぼく家に帰れるんですか?」
「そなたら召喚勇者達の身元は我がミッドガル王国が保証いたす故、心配するでない。功をあげれば、それなりの地位を与えることになるであろう」
国王の返答は直に回答するものではなかった。
「これこれ、その辺の事情はわしが先日、そなたには何度も説明したじゃろ」
シメオンが苦い笑みを見せた。
そして王が言う。
「骨山殿には名誉国民の称号を授けよう」
名誉国民って何だろう? ただの国民と何が違うの俺にも理解できない。
国王が首にかけられるようにチェーンが付いた銀のプレートを骨山の首へとかける。
周囲から喝采と拍手。
骨山は首から下げられたプレートを手にとり見降ろすと、無言でとぼとぼと下がった。
明らかに骨山の表情は渋く納得とは程遠い。
クラスメート達は順に淡々と呼ばれ、国王より銀色のプレートを受け取っていく。
骨山のように浮かぬ顔をしてる者もいれば、嬉々として喜んでる者もいる。
残り四名となった。
俺のイジメを徹底して見て見ぬフリした教師の八代だ。
こいつは朝のHRで乾いた笑みを浮かべ、毎度のように何の根拠もない台詞を吐いていた。
『うちのクラスは皆が仲良く助け合い。イジメなどなく先生はいい生徒を持った。それでも、もし困った奴がいたらいつでも先生のところに相談しに来い』
当初、俺はその言葉を信じ先生にすがるような思いで相談した。
だが、その思いの反してクラスでの孤立が進み、状況が悪くなればなる程こいつは俺を切り捨てるようにほざいた。
『君がイジメにあってると言う報告は受けたことがない。顔のことで貶されるのを嘆いたら親御さんに失礼だろ! だが顔も生まれ持っての素質だ。私が皆に君をイケメンと呼ぶように教育しろと言うのか? そんな歪んだ教育できるはずがないだろう』
異物でも見るかのような眼差しで、救いを求めた俺をこの教師は一蹴した。
俺としては少しでも話を聞いてもらって、楽になりたかっただけなのだ。
「国王、彼はこの者達の教育者たる地位の者でございます」
「ふむ、先生じゃな。そなたには軍師の称号を授ける。これからもよろしく頼む」
教師の八代は銀縁眼鏡をクイっと持ち上げると「かしこまりました、国王陛下様」と、仰々しくも華麗にお辞儀した。
次、呼ばれたのは清家雫だ。
清家雫はおどおどしながら郷田を見た。
「郷田君……」
「さっさといってこい。後がつかえてんだ」
「う、うん……」
灰色のスカートに明るい小麦色のカーディガンを羽織った清家雫が前に出る。
王の前に立ちながらも周囲の視線が気になるのか、キョロキョロとしてる。
おのずと彼女と視線が重なった。まあ、俺を見ても彼女が俺の中身にまで気づくことはない。
ただ、王を囲む側近の中に子供がいることで安心したのか口元から緊張が抜けたようだ。
「そなたには聖女の称号を授ける。期待しておるぞ」
王は清家雫の首に金色のプレートをかけた。
大喝采が巻き起こる。
次に呼ばれたのがクラスの中でも秀才の上、イケメン補正で女子生徒に大人気の間宮だ。
さわやかな笑みを浮かべ、王の前へと歩を進めた。
「そなたには賢者の称号を授ける」
これまた「おお!」との驚きの声があがり大喝采が巻き起こる。
間宮もまた金色のプレートを受け取る。
優雅に一礼し間宮は下がった。
そして最後に真打のように登場したのが郷田だ。
「そなたこそ、勇者の称号にふさわしい。我が国のため大いに尽力してくれ」
虫唾が走る思いだ。
間宮とは接点はさほどなかったものの、郷田や骨山こそ学生時代の天敵だった。
教師の八代も俺を見捨てたという意味では同じだ。
清家雫に関してはいい思い出などでは断じてない。
しかし俺の精神年齢は29歳。見た目は7歳だが、彼らは16、17歳だろう。
高校二年の時のクラスメートの顔ぶれだ。
どうして俺だけが召喚でなく、しかも29歳になってから転生したのだろうか?
「郷田殿。よろしく頼みましたぞ」
「おう、俺に任せておけ!」
シメオンがそう言うと今までにない大喝采だ。
郷田の野郎はまんざらでもない様子。
勇者として選ばれたんだからな。
「召喚勇者の称号授与式はこれにて終了する」
国王エイブラハムの言葉で幕が引かれると、貴族どもがこぞって金のプレートを持つ勇者、賢者、聖女にたむろした。
「ルーシェリアよ」
父が険しい表情で俺を呼ぶ。
「はい、なんでしょう?」
「余は、明日より母と共に外交で北方のユーグリット王国へと出立する。魔逢星襲来の兆しが報告されておるから、かの王とも対策を練らねばならない。半年は戻れぬ故、困ったことがあったらウルベルトに相談するがよいぞ」
「あ、はい」
魔逢星って何だろうか?
「ルーシェリア。今夜は召喚勇者、歓迎の晩餐会だよ。竜王様も来るんだって、楽しみだね」
隣にいる亜麻色髪の少年だ。
「……竜王?」
「うん。それよりもぼくたち久しぶりだよね。今夜はぼくに付き合ってくれるよね?」
「あ、うん」
この少年は先ほど国王に頭を撫でられていた。
恐らく王様の息子なんだろう。
俺たちの横を恰幅のいいオッサンと三白眼の男が横切る。
親父の兄のオースティン公爵とそのご子息だ。
「余興は済んだ。戻るぞヴィンセント」
「かしこまりました父上」
ヴィンセントは漆黒の外套を翻し、俺と隣の少年を一瞥すると去って行った。
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