閑話「メアリーの想い」

 城塞都市ミラドール。

 ミッドガル王国の首都であり、人族最大の都で法王庁教圏国でもある。

 王城を中心に東西南北と四方に大通りが通り、貴族の居住区から市井の人々が済む居住区と広がっている。

 南と東は海に囲まれ港には貿易船が所狭しと停泊し、世界各地の名産品を運び込む貿易商人や住民、冒険者で連日のように賑わっている。

 防備の備えは北と西。

 50メートルを超える防壁が北から西に広がり『迷い子の森』より時折、出没する魔物の侵入をいともたやすく阻んでいる。


 ミッドガル王国の祖は約千年前の魔神戦争で魔神を討ち滅ぼした『伝説の六英雄』レヴィ・アレクサンダー・ベアトリックス一世が建国した王国である。

 

 王家の紋章はつがいのダチョウに冠。真実と公正の象徴とされている。

 

 このミッドガル王国の北方に村を取り囲んだように建造された砦がある。

 透明感溢れる河川が流れ、収穫の季節には金色の田園風景が広がる。

 

 ハーベスト村と呼ばれている。

 その村に可憐な9歳の少女がいた。




 ◇◇◇




「メアリー今日の獲物はでかいぞ、今夜の晩餐は豪勢だぞ」


 毛皮に身を包んだ屈強な男が、私に向かって逞しい二の腕を見せ、そう告げた。

 

「さすがお父さんだね!」


 私にとって自慢の父だ。

 父が仕留めた獲物は巨大な灰色熊だった。

 

「冒険者ギルドに向おう」


 私は知ってる。

 冒険者ギルドに獲物を差し出すと、お金がもらえるんだ。

 特に熊の肝は薬の原料になるらしく高く買い取ってくれる。

 

 でも、私は毎日が不安だ。

 狩人は危険な仕事だ。

 私には父しか身内がいない。

 母は流行りの病に倒れ私が4歳の頃に世を去った。

 今、私と父は小さな村の市場に訪れてる。

 

「メアリー今日は金貨3枚にもなった。好きなもの買ってやるぞ」


 私はいつもの露天へと駆ける。

 絨毯を広げた露天商だ。

 私はいつものお爺さんに声をかけた。


「やあ、メアリーちゃん。今日は何だい?」

「お父さんが好きなもの買っていいんだって」


 前回、露天商を訪れてた時、目星をつけてた本があった。

 でも、見当たらない。

 売れちゃったのかな?


 目的を見失いポカーンとしてるとお爺さんが薄汚れた袋から本を取出した。


「メアリーちゃん、これじゃろ? 売れてしまわないように、とっておいたぞ」

「お爺ちゃん! ありがと」

「その本は金貨1枚もするが大丈夫かのう」


 私は本を胸に抱き父が到着するのを待つ。


「ほう、メアリー。また本か」

「うんっ!」


 父は白い歯を見せ笑顔で微笑んでくれた。


「爺さん代金はいくらだ?」

「金貨1枚だ」


 父は金貨を惜しむ様子もなく支払ってくれた。

 私は幼いながらに考えている。

 父と冒険者ギルドに訪れる度に私は依頼書の掲示板に目を通してた。

 その掲示板にはミッドガル王城での働き口もある。

 

 私は大きくなったら王城で働くんだ。

 いくら父が熟練の狩人とはいえ不覚をとり命を落とすかもしれない。

 王城の給金を得ることができれば父も無理せず危険な森に踏み込むことはない。

 私はそう考えている。

 明日、失うかもしれない父の命を私は救うために勉学に励む。

 父に買ってもらった本は宮廷作法の本なんだ。


 帰路、父が私の抱いてる本を見ながら白い歯をみせた。


「なーに、心配するなメアリー。お前を学校に通わせるだけの蓄えはある」


 私が勉強熱心だから父が気にかけてそう言ったのかな?

 早い子は既に王都にある学校かここから海を渡って西方にある魔法都市エンディミオンまで通い始めている。

 

「ううん、お父さん。私は学校に行く気はないんだよ?」

「あはは、そうか、でも、メアリーは勉強熱心だ。学校に通ったほうがいいだろう」

「だから、私は学校なんて嫌いなんだって!」


 少々声を荒げて言ってしまった。

 父は少々、寂しげで困った表情を見せたが私に優しい眼差しを送ってくれた。


 本音は学校に行きたい。

 けど……学校なんて行ったら蓄えなんていずれ底を尽いちゃう。

 そうなると父は今にも増して無理をする。

 危険を承知の上で大物狙いで更に森の奥地へと踏み込むだろう。

 それがイヤでついつい声を荒げてしまった。


 ――――数日後。


 陽は陰り、空には暗雲が立ち込めていた。

 父の帰りが遅い。

 私は不安で胸がはちきれそうで、砦の門まで父を出迎えに向った。

 いつものように「メアリーどうだ、今日の獲物も特大だ!」そう言って食卓を囲み父の武勇伝が聞きたい。その想いでひたすら待った。


 ふと、気がついたら朝になってた。

 鶏の朝鳴きが夜明けを告げる。

 砦の門にもたれ寝入ってしまったみたい。

 誰かが私に毛布を被せてくれていた。

 昨夜、優しい声で「心配するな、きっと戻る。いつもそうだろ?」と、声をかけてくれた守衛さんかもしれない。


 早朝、冒険者の一団が森で倒れていた謎の男を運んできた。

 まさかと思い私は冒険者の一団に駆け寄った。


 ――――お父さん。


 私は泣きじゃくった。

 人の目も気にせず泣き叫んだ。

 叫べばきっと返事してくれるよね?

 父の寝顔はとても穏やかだった。




 ◇◇◇




 囁かな葬儀を終えた数日後のある日。

 冒険者ギルドから一通の手紙が届いた。

 

 父はDランクの冒険者であった。

 それなのにCランクの魔物を仕留めると意気揚々と冒険者ギルドを後にしたと書いてあった。

 そして手紙にはこうも書いてあった。

 娘を学校にやるんだと嬉々として話していたらしい。

 父は最後まで娘のことを想ってたいた。

 お慰みの手紙だった。


 私は手紙を読んで後悔した。

 私だ。

 私が父を追い込んだんだ……。


 最後に父が買ってくれた宮廷作法の本を胸に抱きながら私は、ふらふらと砦の門を潜った。

 いつもなら守衛さんに外は危険だと引きとめられるけど、たまたま誰もおらず通り抜けることができた。


 私は街娘ぽいワンピースの衣装の中に短剣を忍ばせた。

 父の敵討ちがしたかった。

 どんな魔物に襲われたかなんて知らない。

 でも……辛抱できなかった。


 ハーベストの村の北側から東にかけ『迷い子の森』と呼ばれる森が広がってる。

 私は一心に森へと向かった。


 昼下がり頃、森へとたどり着き間もなく野生の狼の群れに出くわした。


 一矢報いるつもりで息巻いてたものの、魔物ではなく獣すら私には倒せそうにない。

 狼の群れは、呻き声をあげながら牙をむき出しじりじりと詰め寄ってくる。

 5、6匹はいる。

 私は恐怖のあまり本を落とした。

 父からしてみれば狼の群れなど大したことないと聞かされていた。

 聞くと見るとでは大違いだ。


 短剣を握り締めながら私の全身はガクガクと震える。


 一匹の狼が弧を描き飛びかかってきた。

 短剣を持ちながらも成す術がなくその場に倒れ込んだ。

 もともと死ぬ気できたんだ。

 私は生きることを放棄し身を地面に横たえた。


「キャ!」


 鮮血が飛び散った。

 狼に馬乗りされ噛まれたと思ったけど痛くない。

 不思議に思い、顔にかかった狼の血を袖で拭い周囲を見渡す。


 血はひくひくと地面に横たわる狼のものだった。

 そして涙で掠れた視界に一人の男の勇士が目に映った。

 誰……? もしかして――――

 

「お父さん……?」


 長剣で襲い来る狼を軽々と斬り捨てる。

 あっと言う間に地面には狼の骸が転がった。

 

「お嬢さん怪我はないかい?」


 父じゃなかった。

 父じゃないないけど優しい眼差しで手を差し伸べてくれた。


「ん? お嬢さんの本かな? ふーむ、宮廷作法とな」

「助けてくれて、ありがとうございます」


 私を助けてくれた男は巨躯でアイザックと名乗った。

 亜麻色の短髪で琥珀色の瞳が優しく私を包んでくれた。


「出身はハーベスト村か?」

「はい」


 馬だ。

 私は生まれて初めて馬に跨った。

 村まで送り届けてくれるらしい。

 馬を駆りながら、いろんな話をした。

 その中で、本の話をした。


 将来、王宮で働きたいって考えてたことも伝えた。

 すると馬は踵を返し、西ではなく南方面へと向かう。


「そなたの墓前の父には明日にでも報告へ向かうとしよう」


 私は訳も分からないまま王都ミッドガルにある立派なお屋敷に連れてこられた。

 この日より一週間後。

 アイザック様のご子息が生まれた。

 とても可愛い男の子だった。


 名はルーシェリアと名付けられた。

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