第七話「抜けきれない習慣」

「ルーシェ様、お風呂の準備はできてますが、大丈夫ですか? お熱の方は?」


 メイド服姿のメアリーが心配そうに、しゃがんで俺のおでこに手を当てる。

 顔が近い。彼女の吐息が必然、俺の顔に吹き込む。

 視線を下に向けると豊かな双丘の谷間が……。

 …………ゴクリ。

 思わず固唾を飲む。

 俺は緊張しながら声を絞り出した。


「だ、だいじょぶだよ、あの水は薬だったのかな……」

「うーん、熱はなさそうですね。あの水は聖女様が清めた聖水です。とても貴重なものらしくて、一杯の水を清めるのに数年の年月がかかるらしいです。……身体の穢れを落としてくれる、ありがたお水なのです」と、にっこり微笑む。


 なるほどな。

 ママンやメアリーはすこぶる心配そうにしてるが、親父の態度は平然としてた。

 あの水の効果をよく知ってるのだろう。

 ゲームだとエリクサーに該当するようなものかもしれない。

 

 それとは別に俺の脳内はエロい妄想に支配されていた。

 ブサメンでエロゲーが恋人だった俺はエロい石鹸シーンを思い浮かべていた。

 まさかと思うが、このまま石鹸枠、到来か?

 

「ルーくん、着替えはここね。マリーはメアリーとこれから食事の後片付けだからお風呂からあがったら部屋に戻っててね」


 マリーの言葉で目が覚めた。

 俺は29歳だった。しっかりしろ29歳……。

 いくらイケメンになってたとはいえ、妄想でも極端すぎるだろ!


 メアリーとマリーがいなくなった。

 さて風呂に入るか。

 着衣を脱ぎ浴室に入る。

 

 浴室も油を注いだランプで火がともされており明るい。

 湯船から湯気にのって檜の香が漂ってくる。

 大人三人ぐらいなら悠々と浸かれそうな広さだ。

 この世界って水道がなさそうだから、風呂って割と贅沢な気がしなくもない。

 

 桶で身体を軽くすすぎ、ちゃぽんと湯船に入った。

 うーん、湯加減最高だ。メアリーに感謝だな。

 そういや親父が明日は召喚者の称号授与式うんぬん言ってたな。

 それにマリーの話によると俺は二十歳の時に召喚勇者に殺されたらしい。

 

 そもそも召喚者ってネット小説で良く見かけるアレじゃないのか?

 異世界から召喚された異世界人は圧倒的なステータスだったりチートの保持者だったりするアレだろ?

 

「ステータスオープン!」


 こともなげに呟いてみた。

 特に何も起きなかった。


 しかし……どんな世界からどんな勇者が召喚されてるんだろうな。

 二週間前か……。

 俺が寝込んでたのも二週間前からって言ってたな。

 何か因果関係あるのかな?

 それに不思議だ。

 この身体って誰か別の人間の身体かと思いきや、やはり、どう見ても俺の身体だ。

 顔はイケメンになったが、どことなく俺の顔だ。

 元のブサメンをカッコ良くしたらこんな顔になるような気がする。


 勇者が召喚されるってことは魔王とかいるのだろうか?

 寝込んでたらしい俺の身体を癒してたのも神聖魔法って言ってたし魔術なんかはありそうだ。

 でも……両親もメアリーもマリーも魔術とかやってなさそうだよな……。

 ウルベルトは魔術師というより騎士って感じだ。

 シメオンってオッサンは神官とか司祭とかいう類かもしれないな。


 まあ、何よりも驚いたのがヒキニートの俺が王子様?

 そして親父が王様? かも?

 いやいや……なんだか王様って感じじゃねーなあ。

 王族ではあっても王様ではない気がする。

 そもそも、ここ城でもないし。

 

 後で全部、マリーに聞けば分かりそうだな。

 全てはそこからだ。

 

 さっぱりとした俺はガウンコートのようなパジャマを纏い二階の自室に向った。

 階段を上ってると両親が風呂場に向ってるのが目についた。


 一番風呂、貰って良かったのかな。

 まあ、親父が入れって言ったし問題ないだろう。


 部屋に戻ると燭台の蝋燭が若干短くなっていた。

 消さなくて良かったのかな?


 ほてった身体でベットに腰かけ俺は、ぼーっとしながら部屋の周囲を見渡す。

 部屋には誰もいなく、しーんと静まりかえってる。

 すると、なんとなく言葉が漏れた。

 

「PCがねぇな……」


 積み上げてたラノベもねぇ……スマホもねぇ……何もねぇ……。

 やることねぇ……。

 退屈だ……。

 前世の俺はネット中毒気味だった。

 パソコンがないとなんか気持ちが落ち着かない。

 電気もない世界ぽいし諦めるしかないだろう。


 そうなると考えることは食いもんが優先された。

 ポテチか……。

 割と再現できてたよな。

 ラーメン屋とかたこ焼き屋とかやると儲かるかもなあ。

 寿司もいいかもしれない。

 それぐらいの知識チートは持ってるつもりだ。


 そう思いながら退屈な俺は窓から外の景色を覗き見る。

 やはり街灯とかない。

 光源は月明りと家々の窓から漏れる蝋燭の明りだけだ。

 そよ風が吹いた。

 少しばかり肌寒くなってきた。

 季節的には何月ごろなんだろうか。

 気候の変化とかあるんかな?


「コンコン」


 誰かがノックしてる。

 メアリーかな? それともマリーか、もしくは二人か? 

 ドアを開けるとメアリーだった。


「ルーシェ様。明日の早朝、起こしにまりますね」

「うん、わかった」


 俺のガウンの着こなしが悪かったのかメアリーが直してくれてる。


「はい、できましたよ。ベットに向いましょうか」


 俺はベットに寝かされ布団をかけられた。

 メアリーが優しげに微笑む。


「ルーシェ様、おやすみなさい」

「ありがとう、おやすみ」


 俺も微笑み返したが、ぶっちゃけ全然、眠くねぇ……。

 とりあえず転生したと結論付けるのも早計だが、転生したとしておこう。

 だが、しかし、困ったことに前世の習慣が抜けきってない。

 徹夜でゲームしたい気分だ。

 むずむずする。


 メアリーはやんわりと微笑むと窓の戸を閉め燭台があるテーブルの前に立った。

 

「明りはどうなさいますか?」

「あ、そのままでいいよ」

「かしこまりました」


 メアリーが部屋から出ていった。

 随分と疲れ切ってた顔をしていた。

 俺の看病をしながら雑務もこなしてたに違いない。

 徹夜でゲームしてぇ……なんて考えた29歳の俺は恥ずかしくなった。

 これじゃ転生しても何もかわんねぇじゃん。


 とりあえず今夜は大人しく寝ることにしよう。


 寝ようと思った矢先、またしても「コンコン」とドアのノック音がした。

 流石にメアリーじゃないよな。

 今度はマリーでもきたのかな?

 ドアを開けに向おうと身体を起こしたがドアが勝手に開いた。

 ママンのエミリーだった。


「ルーシェ、おやすみ」

「あ、母上、おやすみさない」


 俺と似たようなガウンを着て濡れ髪で頬が火照っていた。

 風呂上がりなんだろう。

 ママンはそれだけ言うとドアをゆっくり閉め去っていった。

 よくよく考えたら29歳の俺はエミリーよりも年上かもな。


 さーて、寝るか。

 時計がないから時間がさっぱりわかんけど。

 ぼーっとしてたら、そのうち眠くなるだろう。


 ――――随分と時間が経った気がする。


 ガチャりとドアノブを捻る音がした。

 今度は誰だろう。

 ノックもない。

 親父かマリーなのかな。


 俺は身体を起こし目を細めた。

 そこには……。

 ――――ん? 君……誰?

 見知らぬ少女が立っていた。

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