第三話「新たなる家族」

 ガチャリとドアが開く音がした。

 俺を抱きしめてたメアリーがあたふたと慌て俺から離れた。

 離れるとメアリーは椅子から立ち上り俯き加減で、かしこまったように顔を真っ赤にしている。


 部屋に訪れたのは巨躯で短髪茶髪の髭面でイギリス貴族のような装いの男。

 20代前半ぐらいだろうか?

 巨躯の影から先ほどメアリーがマリーと呼んだ少女が駆け寄り、俺の頬を背伸びしながらツンツンする。

 マリーは白いワンピースに茶系の革靴を履いていた。

 更に巨躯の後ろから淑やかそうな20代前半ほどのドレスを纏ったブロンド髪の女性が姿を現した。

 最後に白い法衣のようなものを纏った初老の男が姿を見せる。


「おお! 目覚めたか、ルーシェリアよ。さすが我が子だ!」


 巨躯の髭面の男が太い声でそう言うと、若い女性がすかさず俺を強く強く抱きしめた。それと同時に俺の名はルーシェではなくルーシェリアなんだと理解した。


「ルーシェ……一時はどうなるかと母は心配で心配で毎朝毎晩、聖神アリスティアに祈りを捧げておりました」


 もしや……俺のパパンとママンって設定なのだろうか?

 精神年齢29歳の俺からしてみれば二人とも随分と若く感じる。

 しかもパパンは羨むほどのイケメンだ。

 ママンらしい女性も綺麗に整った顔立ちで、十分過ぎるほど美しい。

 美男美女から生まれた設定で俺だけ究極のブサメンってある意味、残念すぎるだろう。


「シメオン様。ルーシェはもう大丈夫なんでしょうか?」


 俺を抱きしめたままママンと思える人物が初老のオッサンに、振り向き心配そうな眼差しを送る。

 

「心配いたすなエミリー殿、もう大丈夫だろうて、それにしても奇跡としか言いようがない。我々が駆け付けた時、御子息は既に息をしていなかった。神聖魔法を三日三晩したところで徒労に終わると踏んでいたのだが、まさか息を吹き返すとはな……」

「それこそ女神アリスティアのお導きと、ご加護なのでしょう」


 ママンらしい女性が恍惚な表情でシメオンの疑問に答えた。

 俺は一度、死んだってことを言ってるのだろうか?

 まあ、今は深く考えたところで結論がでそうにない。

 ちなみに俺のママンらしい美しい女性の名はエミリーと言うみたいだ。

 少しばかり俺は嬉しくなった。

 二人が両親だとすると前世で天涯孤独になった俺だったが、ここには家族がいる。

 孤独とは決別できたかもしれない。

 両親もメアリーやマリーと同じで髪は亜麻色で琥珀色の瞳だった。

 

「はい、ルーくん、お水だよ」


 マリーが小さな透明のコップを俺へと差し出した。

 喉がカラカラだったのでありがたく頂いた。

 

「マリー、だっけ? ありがとう」

「おかわりあるよ?」

「もう一杯頼むよ」


 ゴクゴクと俺は勢いよく水を喉に流し込んでいく。

 うっめぇ!

 流し込むだけでエネルギーが滾ってくる。

 その充実感に酔いしれ俺はもう一杯、催促してしまった。


「もう一杯いいかい?」


 何故だか三杯目を催促するとマリーは純白の法衣を纏う、シメオンとか言ったオッサンを見据えた。


「大丈夫じゃ、もう一杯ぐらいなら飲んでも毒にはならんぞい。むしろもう一杯ほど念のため飲んでおいたほうがよいじゃろうな」


 純白の法衣のオッサンは顎ひげを指で整えながら、優しげにマリーへそう伝える。

 ただの水だと思ってが飲んでたが明らかに力が滾ってくる。

 もしかしたら、無味無臭だが、ただの水じゃないのかもしれない。


 俺が水を飲んでるとパパンが俺の背中を軽く叩き、ゆるい顔で「メアリー、ルーシェリアの看病御苦労であった。疲れたであろう。今後は十分に休息するがよいぞ」と、メアリーに労いの言葉をかけた。


 合わせるようにママンも「メアリーちゃん感謝してます」と微笑んだ。

 

 すかさずメアリーが「と、とんでもないですっ!」あたふたしながら返事するのであった。

 そういえば、メアリーの服装はメイドぽい。

 黒いゴシック調のドレスに三連星のカチューシャに白いエプロン。

 よくよく見ればキモヲタが好みそうなゴスロリとも言えなくもない。

 

「父さん、母さん。メアリーのおかげで元気になれました」


 けしてメアリーが雇われぽいと感じてメアリーの株を上げようと持ち上げた訳ではない。

 俺の心はメアリーの優しさに随分と癒された。

 その気持ちをそのまま伝えたのだ。

 ところが意に反してパパンは俺の言葉に眉をしかめた。


 何かマズイことを言ってしまったのだろうか……。


「父さん、母さんか……ルーシェリアよ。随分と庶民的だな。ワハハハハ」

「どうしたのです? ルーシェ? いつも父君、母上と申しておりましたのに?」


 ママンが不思議そうに俺の頭をさわさわと撫でる。

 

「ルーシェ様は病み上がりで記憶が混濁してるようなのです」


 メアリーが寂しく沈んだ表情で両親へ告げた。

 

「ルーシェリアよ。ここにいる者の名を全て申してみよ」


 突然、パパンこと親父に振られた。

 えっと……メアリーとマリー……。

 エミリーとシメオンだった気がする。

 

 ヤベェ……親父の名がわかんねぇぞ……。

 

「どうした? 皆の名を忘れた訳ではあるまい?」


 親父が精悍な表情で鋭い視線を飛ばしてくる。

 こ、困った……どうしよう。

 全員がブサメンの俺に注目する。

 ツラに自身のない俺は注目を浴び見つめられると委縮するのだ。


「ルーシェ、母の名は分かりますよね?」


 心配そうな面持ちでママンが尋ねてきた。

 俺は声のトーンを下げ自信なさそうに呟いた。


「母上はエミリーです……」

「まあ、よかったわ、ルーシェ。安心しました」


 ママンことエミリーの浮かない表情がぱーっと明るくなった。


「ねえ、ねえ、私は?」


 マリーが自分を指差しながら聞いてくる。

 

「マリーだよ」

「よかったー! ルーくん、さっき自信なさそうにマリー? ……だっけ? って言うんだもん。マリーのこと忘れちゃったかと思って気にしてたんだ」


 マリーは俺の手から空のコップを受け取り、俺の頬をツンツンする。

 俺のブサメンをツンツンしても誰も得しないぞ……。


「うん。大丈夫だね! じゃあ、ルーくんが甘えて抱きついてたお姉さんは?」


 メアリーに抱きついて泣いてた情けない姿を……妹? ……に見られていたのか。恥ずかしくなった。俺だけじゃないメアリーも恥ずかしそうにしてるじゃないか。

 俺はボソッと「メアリーだよ」って言葉を紡いだ。


「は~い、よくできました! それだけ分かればもう十分だよねっ!」


 マリーが明るくナイスなことを言ってくれた。

 親父の名前がわからないのだ。

 ここまで答えて親父だけわかりませんは面倒なことになりかねない。

 俺にとっては十分過ぎる援護射撃でもあり助け舟だ。

 これで違う話題に流れてくれることに期待しようと思った矢先。


 親父がオレ? オレ? は? と、言いたげに顔を乗り出してきた。

 

「ルーくん、病み上がりで疲れてるからもういいんじゃないの?」


 マリーの発言に親父は不貞腐れたように口元がひきつった。

 

「そうね……ルーシェは病み上がりです。質問攻めは堪えるでしょう」


 ママンことエミリーもマリーに相槌を打ってくれた。

 シメオンは俺が回復してるのを見て満足してるようだ。

 メアリーは相変わらず慎ましくしている。


「うーむ。まあ、よかろう」


 パパンこと親父は渋々折れてくれた。

 俺は内心ほっとした。

 俺にとって未知の世界だ。

 父と母とはいえ、俺は二人の趣味嗜好すら知らないのだ。

 踏んではならない地雷があっても俺には知る術がない。

 いきなり嫌われたくないからな。

 マリーに感謝しなくちゃ。


 こうして話してる間も俺は己のブサメンが気になり皆の顔がちゃんと見れなかった。


 それでも、ほっとし窓へと視線を移すと差し込む光はオレンジ色に変化してたいた。

 陽が沈み始めてるのだろう。

 もうすぐ夕飯で俺の快気祝いを兼ねてくれるそうだ。


「もう、大丈夫じゃ、十分元気を取り戻しておる」


 最後にシメオンの言葉に皆が笑みを浮かべ笑った。

 

 メアリーは夕食の準備へと厨房へと向かった。

 両親も手伝うらしく共に去る。

 シメオンも去り、部屋にはマリーだけが残った。

 

 マリーはベットの横の椅子に座るとニパっと俺に怪しげな笑みを見せると、不可解な言葉を発した。

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