第二話「もしかして異世界?」
目覚めると亜麻色髪の少女が俺をのぞき込んでいた。
琥珀色の瞳がきらきらと輝いてる。
可愛らしい少女だ。7,8歳ぐらいかな?
「メアリぃ! ルーくんが、ルーくんが目を覚まされたのです!」
――――メアリー? ルーくん? 誰のことだ?
「マリー、本当ですかっ!」
「うん!」
明るい声とともに見知らぬ少女がまたしても俺をのぞき見る。
髪も瞳も最初に見た少女と同じ色。
ただ、年齢と髪の長さが明らかに違う。
最初の少女はセミロングで幼い小学生って感じ。
もう一人の少女はロングで少々大人びている。
高校生ぐらいかな?
二人の女の子が俺を見てもイヤな顔もせず、にっこりと微笑んだ。
もしかして、ここは天国なのだろうか?
「マリー、すぐにでも旦那様と奥方様にお知らせしてください!」
「は~い」
とたとたとマリーと呼ばれてた子がドアを開け出ていった。
俺はその様子を見送った。
どうやら俺はベットに寝かされてるようだ。
ここは天国でも地獄でもなく俺は……。
――――助かった? ……ってことなのか?
たしか激突したのはトラックだ。
撥ねられた反動で顔面を地面に激しく打ちつけた。
イヤな予感が脳裏を掠める。
深く考えず、もう一度死にたいと激しく思った。
きっと俺の身体は全身不随で顔は包帯でぐるぐる巻き。
身体の部位もどこか欠損してるかもしれない。
その状態で生きながらに生かされるのはある意味拷問だ。
疑う余地もなく俺はそう思った。
ところが両手両足に力を込めてみた。
不思議と痛みもなく……無事のようだ。
顔を触ってみた。
包帯も巻かれてなく怪我をしてるような気もしない。
最悪の結果だけは回避してるようだ。
少しばかり安堵した。
すると若干、気持ちに余裕がでる。
目の前の少女。
かなりの美少女だ。
学生時代、告白し土下座された子よりも遙かに可愛い。
こんな美少女がなんで俺の目の前に? おのずと興味がわいた。
「君は……?」
「ルーシェ様、お忘れなのですか? メアリーです」
「……メアリー?」
「まさか……お記憶を?」
メアリーと名乗った少女の笑みが陰り、刻一刻と表情が変化していく。
恐らく魔物でも見るような不快な表情に変化すると俺は覚悟を決めた。
「ルーシェ様、メアリーですよ? 本当に覚えてないのですか?」
予想に反してメアリーと名乗った少女の瞳には、不思議と悲しみの色が感じられた。
何故だか俺に対して嫌悪感を抱いてるって感じではない。
亡き母が俺を本気で心配してくれてた時と同じ懐かしい感じがした。
究極のブサメンの俺がこんな美少女に心配されるなんて、夢でも見てるのだろうか?
メアリーの手のひらが俺の額に、そっと優しく触れた。
とても柔らかく温かい。
「熱は下がってるみたいです……ルーシェ様……」
俺は事故後、発熱して寝込んでたってことなのか?
そもそもルーシェって誰なんだ?
俺の名はそんな名では無い。
「……ルーシェ?」
ルーシェって誰だろうって感じで俺は小さく囁いた。
「やはり……ルーシェ様、二週間も目覚めなかったのです。記憶が混濁してるのでしょう。でも心配いりません。直に思いだせると思います」
もしかしてルーシェって俺のことなんだろうか?
俺は記憶喪失ではない。
記憶喪失ではないが、俺は彼女達のことを何も知らない。
俺は彼女達のことを何ら知らないが、彼女らは俺のことを知ってるようだ。
もしかして異世界なのか?
ラノベやネット小説を読み漁ってた俺が最初に導きだした結論だ。
俺は改めて自分の身体を弄る。
身体が小さくなってる気がする。
だからといって赤ん坊って訳でもなさそうだ。
俺は自分の手のひらをぼんやりと眺めた。
サイズが子供のように小さい。
小さいが見慣れた俺の手相だった。
異世界? そう思った時、俺はある種の期待を胸に抱いた。
ここが異世界ならば究極のブサメンとも決別し、ネット小説のように何かしらのチートを授かっているかもと。
しかし、何度も見ても俺の手相だ。
見間違える要素がない。
期待とは裏腹に愕然とした。
これじゃ顔も究極のブサメンのまんまじゃないのか?
記憶を持って若返ってもチートどころか、地獄の日々が延長されるだけじゃないか。そもそもチートと呼べる代物でもない。
神様やら女神様が俺の前世を見かねて異世界に若返り転移をさせてくれたなら、せめてブサメンをイケメンに修正してほしかった。
どこぞの大賢者様の転生実験ならもう一度やり直してほしい。
愕然としながらも俺に出来ることは部屋を窺うことだけだ。
壁面は板張りで床には真紅の高級そうな絨毯。
石造りの暖炉の上には紋章が描かれた緑色の壁掛。
食卓のような木製のテーブルに椅子。
暖炉の前には豪華なソファーがある。
テーブルの上には燭台があり炎が揺れていた。
中世ヨーロッパの雰囲気全開だった。
壁掛の紋章はつがいのダチョウが王冠を掲げている。
パッと見の印象はどこかの貴族の館って感じだ。
ベットの中で俺がキョロキョロと首を動かしてるのを見て、メアリーと名乗った少女が心配そうに声をかけてくる。
「ルーシェ様、何か思い出せましたか?」
よくよく聞くと日本語とは明らかに違う言語だ。
英語でも広東語でもない。
それ以外の国の言葉かもしれないが不思議と脳内で変換され意味が理解できる。
もしや外国だとか外人さんの看護師さんがいる変わった病院とも考えたが、若返ってるのは疑いようがない。やはり異世界だと考えるのが自然だろう。
目の前に可愛い美少女がいるのに俺は意識的に視線をそらし、彼女の瞳を直視できない。
俺は究極のブサメンだ。
ブサメンが彼女を見つめても不快な思いをさせるだけだ。
迷惑この上ないことだろう。
今は優しい彼女も俺が調子にのると瞬時に表情が歪み嫌悪感を抱かずにはいられないはずだ。
俺に優しくしてくれた女の子の表情が豹変するのをもう見たくない。
17歳の頃のトラウマだ。
あの日の告白を境に俺は頑なに自分の殻に閉じこもった。
もう傷つきたくない。
メアリーがそっと香りの良いハンカチで俺の頬を拭った。
知らぬ間に俺は涙を流してたようだ。
耳の穴に涙が流れ込んできてた。
尚更、俺は泣きたくなった。
もう、こんなブサメンの俺に無償の愛情を注いでくれる両親もいない。
若返った分、俺はこれから無駄に長い人生を再度、孤独に歩まないといけないのだ。
精神年齢29歳にもなって高校生ぐらいの女の子の前で泣いちゃうなんて、俺って本当にクズだ。
情けねぇ……。
情けねぇと思えば思うほどメアリーの優しさにほだされて涙が止まらない。
「ひっく……ひっく……」
「ルーシェ様……もう泣かないのです。このまま目が覚めないかと、ずっと心配してたんですよ。もう大丈夫です。ルーシェ様は元気になります。お飲み物をお持ちしますね」
椅子から腰を浮かせたメアリーの手を俺は咄嗟に掴んだ。
不安だった。
二度とメアリーはここには戻ってこない。
そう感じて手をぎゅっと握りしめた。
直後それすら、俺は後悔した。
メアリーが侮蔑の眼差しを送ってくると直感した。
握ったメアリーの手に力がこもる。
害虫のように払いのけられると思ったが、メアリーも俺の手を離さなかった。
それどころか、そのまま俺の上体を起こし抱きしめてくれた。
「起き上がりたいのですね、ルーシェ様。もう、大丈夫です。シメオン様も目覚めさえすれば時期に元気になるとおっしゃってました」
際限なく彼女は俺に優しい…………嘘だろ?
彼女の亜麻色髪からいい香りがする。
「ルーシェ様が目を覚まされてメアリーは本当に安心しました。二週間もずっと眠り続けてたんですよ。胸が張り裂ける想いでした」
メアリーは俺のことがキモくないのだろうか?
俺はブサメンの上に精神年齢も、もうすぐ30代のオッサン。
若返ってはいるが俺の醜い顔は成長するに連れ更なる変貌を遂げる。
俺は小学生の頃から執拗にイジメられてきた。
幼少期だからといって可愛い容姿をしてる訳でもいない。
石を投げられるのは、まだ生ぬるいほう。
酷い時は犬の糞を顔に擦り付けられゴブリンだのオークだのとバカにされた。
メアリーに抱きしめられながら俺は過去の幼少時代から続いた地獄の日々を思いだし、そのギャップに困惑した。
メアリーはとても温かい。
明日には、いや……5分後には嫌われてるかもしれない。
それでもいい。
俺は29歳にもなって高校生ぐらいの女の子に甘える他なかった。
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