第四話「少女の謎」

「パパやっと二人っきりになれたね」

「はい?」


 二人っきりになった途端、椅子に座っていたマリーがベットに飛び乗り勢いよく俺に抱きついた。

 な、なんだ!!!

 俺は困惑しながら流し目でマリーを見る。

 マリーは満面の笑顔だ。

 

「マリーはパパに会えて凄く嬉しいです」


 俺はブサメン29歳のヒキニート。

 異性と付き合ったこともなければ無論、婚歴もない。

 それがなんだ? 良くわからない世界に転生させられたと思いきや妹だと思ってた少女にパパって呼ばれる?


 ここが元の世界なら俺は鼻で笑い、この子は残念な子に認定したに違いない。

 だが……。

 記憶を持ったまま異世界に若返り転移したことだけでも、非日常オカルトなのだ。

 ましてや聞いたこともない言語を即時理解でき、この世界には魔法まであるようなのだ。

 だったらSFチックに『私は未来からきました』とかこの子が言っても俺は驚かない。ここが異世界ならそれこそ許容範囲でもある。


 本当に俺の娘であってほしい。

 それこそがブサメンでもリア充になれるという生きた証拠となるからだ。


「パパ、私の名前はマリーステラ・シュトラウス」

「マリーステラ? シュトラウス?」

「マリーステラだからみんな短縮してマリーって呼ぶの。シュトラウスはこの家の家名なんだよ」


 マリーは俺の隣で羽を伸ばすように足を伸ばし頭を少し俺の肩に預けている。

 恐らくシュトラウスというのは苗字みたいなもんなんだろう。


「パパとママが名付けてくれた名前だよ」


 そう言ってマリーはニパっと笑う。

 俺は娘と名乗るマリーをちらりと見ながら。


「――本当に俺の娘なのか?」

「え? なあに? 信じてないの?」

「あ、いや……だって……」


 マリーが猛烈な視線を浴びせてくる。

 信じたいが俺の遺伝子からこんなに可愛らしい子が生まれるなんて、なんて奇跡? 

 俺はブサメンの極みだ。

 前世の世界で俺は俺ほどのブサメンを知ってるだろうか?

 

 答えは迷うことなく『ノー』だ。

 でも……仮に俺の娘だとすると誰との子だろうか?

 これから人生で俺はこの子の伴侶と出逢うことになるのだろうか。


「パパはこの時代の人じゃないんだよね」


 ドキッとした。

 己の中で結論はでていない。

 これが転生なのか転移なのか、未だ答えは導き出せていない。

 それでも俺にとって最大級の秘密である。

 それをいともあっさりと……。


「驚くことないよ? 未来のパパが話してくれたんだよ。病気から目覚めたばかりのパパは自分に自信の持てない小心者だからハッキリ物事を伝えなさいて言われたの」


 なるほど。未来の俺がマリーに話してたのか。

 まあ、今の俺も今後の俺もずっと小物感満載って気がしてるけどな……。


 俺は溜息交じりに否応ながらにも納得した。

 ブサメンの俺は他人の顔色を必要以上に窺って生きてきた。

 俺に向けられる感情は決まって嫌悪感で、目立つとロクなことがない。

 できることならば、ダンジョンの最下層にでもひっそりと息を潜めたいと思う日々の連続だった。

 俺には目立つことこそがタブーであったからだ。

 わかっていたはずだったのに、俺は17歳の頃、最大の過ちを犯した。

 ブサメンたる種族でありながら、色ボケし女の子に告白したことだ。

 ブサメンの俺はスマートにフラれることすら許されない。

 全校生徒へ、燃料という名のネタ投下したに過ぎなかった。


「で、パパ信じてくれた?」

「信じるよ。俺がこの時代の人間じゃないのは紛れもない事実だから……でも……今更、人違いでしたってのはナシだかんな?」


 俺はブサメンだ。

 娘とはいえ顔に自信のない俺は消極的だ。

 俯き加減で未だ俺の娘だと主張したマリーの顔を直視しできてない。


「マリーがパパを間違えるはずないでしょ」


 言われてみればそうなのかもしれん。

 子が親を間違えることは、あまりないだろう。

 

「パパ、マリーの瞳ちゃんと見てくれない」


 マリーはベットの上で正座し俺に向き直った。

 いくら娘とはいえ究極のブサメンを至近距離でぶっ放すなんて、酷いこと俺にはやはり、ためらわれる。


「ねえ、パパの顔ちゃんとみたいんだ」


 マリーが甘声で囁く。

 未来で見慣れてるだろが、振り向いた途端、悲鳴なんてあげないよな?


 脳内が混迷し胃液を戻しそうなほどのストレスが押し寄せてくる。

 もし、ここでマリーに嫌悪感を抱かれたら俺はもう一生立ち直れないだろう。


「パパ……どうしたの?」

「あ、いや……別に……」

「もう、パパったら意気地なし。未来のパパは自信に満ち溢れてるよ」

「この俺が……? 自信に満ち溢れてるだって?」

「やっぱり転生直後のパパは自信なさげ……未来のパパが言ってた通りだね」


 早くも俺は娘に愛想尽かされるのか。

 本当に情けないクズだな……俺って。

 俺が落ち込んでるとマリーが、頬に軽くチューをしてくれた。


「パパって誰もが羨むイケメンなんだから、もっと自信を持てばいいのに……」


 美醜逆転世界ネタのネット小説を、読んだことがあったな……。

 そんなネタ的な世界なのか?

 よくよく考えたら俺はこの世界で鏡を見たことが無い。

 まあ、今日、目覚めたばかりで当然でもある。……が、しかし。

 前世の世界から通算すると俺は10年以上、鏡を見ることを憚り見ていない。


 俺は異世界に転生? したことによって顔が変わってるのか?

 幾度となく手のひらを見てもやっぱり俺の手だ。

 指紋も手相も見慣れたものだ。

 ご都合主義に顔だけ変わってますなんてありっこないだろう。

 だが、マリーはゴブリンのように醜悪な俺に、何の躊躇いもなくチューしてくれたんだ。

 俺もその勇気に応えなくてはなるまい。


 俺はマリーへと振り向いた。

 必然。目と目が合う。

 

「パパ。未来のパパは20歳で死んじゃうだ」

 

 意を決して勇気を振り絞ったのにマリーは俯いてた。

 そして寂しそうに囁いた。

 肩すかしをくらった気分だが、マリーの言葉を俺は繰り返した。


「え? なに? 俺が死んだ?」

「パパを殺したのは異世界から勇者として召喚された人達なんだ」


 マリーの瞳に涙が溢れ零れおちそうになっている。

 

「マリーね、またパパに会えて嬉しいんだよ」


 俺自身、俺が死んだって話はさほど驚かなかった。

 自分の死よりも結婚できた事実の方が俺には興味深い。

 マリーは今、何歳なんだろうか?

 本当に俺の娘なら俺は何歳で子をもうけたのだろう。

 

「マリーは何歳なんだい?」

「今のパパと同じ7歳だよ?」


 ……ってことは俺は逆算すると12歳で種付けしたってことなのか?

 ちなみに俺は7歳なのね。

 

「パパだけじゃないよ。ママもお姉ちゃんも弟や妹達もパパのパパも、みーんな殺されちゃうんだよ」


 殺されるのは俺だけじゃないってことか……。

 割と重い話の気がしてきた。

 未来の俺はどんだけ子をもうけてるんだろうか。

 しかも姉がいるって?


「マリーは双子なのかい?」

「ううん、違うよ。マリーのお姉ちゃんはルーシーなんだ。パパの最初の人の子供だよ」


 究極ブサメンの俺が二人も妻を娶るっ意味なのか?

 それこそ驚愕する事実だが……マリーの話が事実なら俺は誰を娶るのだろう。

 可愛い子なら嬉しいな……。

 それって聞いちゃってもいいものなんだろうか?

 俺にとっては夢みたいな話だ。


「マリー」

「ん?」

「ママのこと聞いてもいいか?」

「いいよ」

「ママは二人いるってこと?」

「ううん。三人だよ」

「な……三人だって?」

「私のママに魔法ママに聖女ママだよ」


 この世界じゃ一夫多妻が当然なのだろうか。

 元日本人の俺には理解不能だ。

 戦国時代じゃあるまいし。


「どのママの話から知りたい?」


 マリーは話す気、満々のようだ。

 マリーに姉がいるってことはマリーは俺の二人目か三人目? とにかく俺の嫁の子なんだな。

 しかしブサメンの俺が三人も妻を娶るなんて、どんな奇跡なんだろうか。

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