2.精神病質者は機械越しに笑う

「.....ここは?」

 広がる世界。先程まで見ていた景色とは、似ても似つかない奇妙な空間。赤、オレンジ、黄色などの暖色をふんだんに使われた絢爛豪華な装飾。アジア系のごちゃごちゃした派手さは混合し、しつこいくらいの豪華さ。これこそが価値、とこの建物の建築者は言うのであろう。俺にしてみればナンセンスだ。こんな高級感など、不要ではないか。

 とりあえず立ち上がり、周囲を確認。自分の後ろには大きな両開きの扉がある。目の前に広がる長い長い廊下。所々にある扉自体も大きく、派手な装飾が施されている。シャンデリアの派手な明かりを、派手な宝石が跳ね返す。キラキラと輝くそれらは、幼い子供達が見たら大喜びする光景だった。

 見渡す中、俺は2つに気付く。1つは、時間を表すものがないということ。時計も窓もない。この部屋の明かりはシャンデリアのみで補われている。2つは、豪華に使われている宝石は贋作だということ。模倣宝石、人造宝石と呼ばれるそれら。価格は本物より格段に安く、日本では真っ赤な偽物と評価され、価値は0に近い。

 つまり、この夢のような空間は何者かの無数の見栄で作られているのだ。何故見栄を張る必要があったのか。ただ資金がないだけなら、こんな装飾に拘らなくても良い筈。それに時間を知るものがなにもない。広い空間だ。時計くらいあっても良いだろう。

 そういえば。腕時計を着けている右手首を確認すれば、予想通り何もない。ポケットにしまっていた筈のスマホもない。時間を確認する手段はどうやらなくなってしまったらしい。

『やぁ、聞こえる?』

 思考を遮る不気味な機械音。二重のはどうやら自分のポケットの中にある模様。外に出せば不明瞭な音は直ぐに鮮明になった。俺を此処に連れ出してきた元凶は、不快な笑い声の後に言葉を続けた。

『ごめんね。君に場所、バレたくなくて眠らせちゃった。移動費は此方持ちだし、あとスマホと時計も預からせて貰ったよ。君なら色んな機能使って場所くらい特定出来るでしょ? まぁ、これも依頼の一部ってことで。とやかく言わないで。この話はこれでお仕舞い。

 さて。本題に移るよ。景がいるそこは摩天楼。超高層ビルだよ。宝石とか、アンティークとか。依頼達成するときに持ってきてくれても結構。依頼達成時のことはまた後で説明するね。順番に話していきたいし。その摩天楼の1階。確か.....37階建てだったかな。.....うん、あってる。あ、扉は開かないよ。外からは入れても、中からは出られない仕組みなんだ。

 君にはここで、1人の少年と一緒に脱出してきて欲しい。少年は出来るだけ綺麗な状態が良いな。指の1、2本は欠けてて構わないけど、四肢は揃ってて欲しいかな。顔のパーツも欠けてないほうが良いし、臓器も全部あった方が良い。血はなくていいけど。

 少年の特徴は.....翡翠の目。とてもとても綺麗な、翡翠色の目。同じ色の子が何人いようが、その子だってきっと確信できるよ。だって、凄く綺麗なんだもん。芸術品みたいでさ。君がいるそこにある宝石なんかより、よっぽど高価で美しいものだよ。

 此方からの支給は、簡易的な保存が利く食料と、簡易的な救急箱。それとデザートイーグル。装弾数は8。弾倉は10つ用意したよ。あとは携帯電話。依頼達成したらそれで連絡して。あと、どうしようもなくなった時に使ってみて。助けてあげるから。近くに小さい黒の鞄があるでしょ? それに入ってる。自由に使ってね。

 最後に。少年を屋上まで連れてくれば任務は終了だよ。保存状態によっては金額の上乗せも可能。まぁ、それは帰りのヘリの中で話そうか。

 じゃあね、景。健闘を祈るよ』


 プツン、とボイスレコーダーは仕事を放棄した。再び再生ボタンを押してもそれらは機能しなくなる。もうこの機械に出来ることは何もないだろう。邪魔になるだけだ。地面にそれを放り、先程彼が言っていた黒い鞄を見つける。ウエストバック、と呼ばれるものだ。身につけ、中身を確認する。

 言われた通りのものが入ってる。食料は1週間しない内に尽きてしまいそうだ。長引く場合、何処かで調達しなければならないだろう。携帯はバックと同じく黒。今時持っている人はあまりいない、ガラケー。画面に時間表示はなく、ただ通話だけしかできないみたいだ。救急箱は絆創膏、消毒液、包帯、カーゼが入っている。これなら多少の怪我なら対処出来るだろう。デザートイーグルも一般的なデザイン。言われた通り、弾倉は10個。計80発。むやみやたらに乱射しなければ大丈夫だろう。

「よし、行くか」

 一通りの確認が済めば、そう自分に命令した。精神病質者ーpsychopathyーの不快な笑い声が脳裏に残ったまま。

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探偵の話 明神響希 @myouzinsansan

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