第8話 八日目

やあ!こっちこっち!

今日はやけに混んでいるね。なにかイベントでもやっているんだろうか?

え?有名アーティストがその辺を歩いていたって?誰だい!?

なんだ。有名っていっても、ロックバンドの人か。私は興味ないよ。

それにしても、なんだってこんな田舎をうろついていたんだろうね。

さあ、今日もコーヒでも飲みに行こうか。

今日は趣向をかえて、あのケーキが美味しそうな喫茶店にしないかい?

よかった。それじゃあ、行こう。


早くしたまえよ。後ろに列ができてしまっているよ。

え?どのケーキにするか悩んでいるって?

まあ、確かに悩むラインナップだね。

この紅茶のシフォンケーキもモンブランもよさそうだ。こっちのショートケーキも捨てがたいね。

でも、そろそろ決めないと、後ろのお客さんが怒ってしまいそうだよ。

私かい?私は紅茶のシフォンケーキにクリーム増し増しかな。

どうやら決まったみたいだね。さあ、早く注文しておくれ。


ふう。君がケーキの前であんなに悩むとは思わなかったよ。

また来るかい?そんなにケーキのショーケースを見ているなら、明日も、ここにしようか。

さて、ケーキとコーヒーが揃ったところで、私がヒーローショーを企画した話をしようか。なに、いつものつまらない話しさ。



事の発端は某TCGが大きなイベントをするので、一般公募で企画を出せばなにかやらせてくれるというものだった。しかも、超レアカードをくれるっていうものだから、私は釣られて応募した。まあ、ヒーローショーなんてやらせてくれないだろうな。なんて思っていたら、なんと、合格通知が来た。無論、レアカード以外の報酬なんてないのにね。でも、面白い事がしたくて、私はヒーローショーを決行することにした。

こうして、私はヒーローショーをするために人を集めた。

え?先に人を集めていなかったのかって?

そりゃそうだよ。もし、落ちていたら相手に失礼だろう?

だから、とにかくコスプレの知り合いやら、知り合いりの知り合いやらに声をかけまくって、なんとか人が集まった。

シナリオは私が考えてね。悪役キャラがイベントをつぶしにやってくるのを、主人公たちが止めるといった単純なものだよ。なにせ、ヒーローショーのシナリオなんて初めてだからね。もうこれは本当に言い訳にしかならないんだけど、ひどい内容だよ。努力、友情、勝利の三原則は抜けてるし、短いしで。次回はこれを必ずいれようと思っているんだ。

まあ、とにかく人が集まって私たちは殺陣を練習したりダンスを練習したりと大変な思いをしたよ。

特に、殺陣の練習には公園の許可が必要で、私は毎日のように許可申請を作っては役所に送って、電話で通達した。許可がおりない公園もあるくらいでね。それはそれは練習場所に苦労した。

そして、衣装。これが一番大変。なにせ、全員分をほとんど私が作って用意して、着せて、ウイッグも買った。今だからぶっちゃけるが、かなりギリギリのお金で、なんとかしていた。でも、そんな事言えないからね。なにせ、自分がやりたいって言い出したんだから。

まあ、なんとか殺陣もセリフもダンスも形になってきた。各自、かなり練習してがんばっていたからね。本当、お金だけはなんとかできるけど、こういう人の努力ってのはお金じゃ買えないからね。感謝しているよ。

そんでもって、本番前日に私たちはリハをさせてもらえる事になった。

ところが、事前通達していた内容がイベント関係者にはまったく伝わっていなかった。音関係やライティング関係全部。ひどいだろう?びっくりしたよ。

それでも、念の為に用意していたデータでなんとかフォローできたのだから、私ってやつは慎重だと思わないかい?

とにかく、リハ一回目でそのことが判明したため、ありがたいことにリハ二回目の時間を作ってくれるとのことで、リハを二回した。

ちゃんとできました。イベント関係者がみな失笑してたのは、もう見ないことにした。どうせ、本番でもおんなじように失笑だろって拗ねてたね。

そして、次の日の本番。

なんと、滅茶苦茶人が集まった。ステージ前は人でごった返して、見れないって人までいたくらいだったらしい。ここで失笑とか死ねるなって思ったよ。

そんな私をバシっとさせたのは、役者の女の子だった。

「しっかりする。不安がらない!」

私は急に冷静になって、ビシバシと指示を飛ばすことができた。

本当、彼女の一言に救われたと思う。

舞台が始まった。

ざわざわする中、役者が私のセリフを言って、客から笑いやらヤジをもらう。

ナレーターの「応援して!いくよーいっせーの!」にもちゃんと答えて、お客さんから「がんばれー」の声援が主人公へと届く。思い描いた失笑しかないヒーローショーじゃなかった。ちゃんと、お客さんと役者が一体になれる素晴らしいヒーローショーだった。ありがたいことに、企業さんにも褒められたし、イベントで雇われてきた人たちにも「たのしかった」と言われた。私は恐縮しかできなくて、「すみません」しか言えなかった。

家に帰って、めちゃめちゃ泣いたね。辛いこと、嬉しい事、全部含めて、いままで我慢してきたことがあふれて涙になったよ。この年で、年甲斐もなく三日三晩泣いて、後で撮ってもらったムービー見てシナリオのひどさに笑った。

本当言うとね、途中でやめちゃおうかなって思ったことは何度もあったんだ。カード一枚の為になんで、こんな苦労してんだろって思ってバカらしくなって。

でも、幼女が一生懸命「がんばれー」って応援してくれて、知ってる人も知らない人も私のシナリオに沿って「がんばれー」って応援してくれた瞬間、全部報われたって思った。カード一枚のためなんかじゃない。私はこういう楽しい時間をみんなに共有してほしくて企画したんだって、気がついたよ、損得じゃない。

《楽しい》を私はみんなにあげたいんだって。

だからかな。私はまたヒーローショー多分、やると思うよ。今度はもっとすごいやつでね。


っていうのが、私のヒーローショーを企画した話の顛末さ。

君も私のヒーローショーに出てみないかい?

遠慮しておくって?まあ、そう言わずに、なにかあったら手伝っておくれよ。

さて、今日のコーヒーはケーキと一緒だったおかげか一段と美味しかったね。

そろそろ、こんな時間だ。

それじゃあ、ここいらで帰るとしよう。

なに、また明日会おうじゃないか。

それじゃ、また明日、この時間にあの場所で。


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