202号室 溶闇

時刻は17時を過ぎて太陽が山の方に沈み、村が夕焼けで染まり始める、少し早い気もするがここに住む人々は足早に家へと帰る、たとえ作業が終わっていなかったとしても中断し急いで帰るのだ。


「こら、チヨ!いつまでも遊んでないで早く家にお入り!」

「はぁい、アスカちゃんじゃーねー!!」

友達のアスカに手を振り別れて帰宅する。


ガラガラと戸を閉めて部屋の電気をつける、私は全然遊び足りないので家の中でソワソワしてしまう、私にとって夕方から夜の時間帯は一番退屈な時間だ。


「チヨ、ちょっといいかい?」

ドアの向こうからおばあちゃんが声をかけてきた、チヨは走り寄りドアを開けておばあちゃんを部屋に入れる。



「チヨ、冬のこの時期はいつもより早く夜になるから気をつけなさいね、夜ほど危なくて怖いものはないんだよ」

「なんで夜が危ないの?帰り道が分かっていれば大丈夫でしょ?」



座っている座布団の角の紐を指でクルクルとイジリながら話を聞く、私にはどれほど重要な事か分からない。

それでもおばあちゃんは私の目を見つめ真剣にそして熱心に話を続ける。



「いいかい?夜になるとあたりが暗くなって見ている景色が闇に溶け込んで何も見えなくなるだろう?ここの村ではそれを昔から『溶闇とくやみ』と呼んでいてね、もし人が溶闇にのまれると闇から一生出られなくなってしまうのさ、そしてだんだんとみんなの記憶から消えてしまう恐ろしいものなんだよ?帰り道が分かっていたとしても溶闇には敵わないのさ」



溶闇というのが実際どういうものなのか私には理解が難しかった、夜というのは太陽が沈んでただ暗くなるだけという考えだった。




「試しに外を見てごらん、だけど絶対に外に出ちゃダメだよ、家の中から見るんだよ」

おばあちゃんの警告をしっかり聞き入れて村が暗くなっていく様を眺める。


徐々に日の入りをし山の影が伸びて、あたりを暗くしていく、すると奥のほうからだんだんと光が奪われていくかのように、家や畑といった目の前の景色が黒に染められていき目視できなくなっていった。


「おばあちゃん!もしかしてこれが…」

「そうだよ、これが溶闇さ、見てのとおり闇が景色を溶かして何も見えないだろう?」



おばあちゃんの言う通り目の前の景色が溶けていき、ずっと見ていると吸い込まれそうになるほどの黒に染まった。



「これで夜の怖さが分かったね?さぁ、そろそろ夕飯の時間だね、居間にいこうかね。」

おばあちゃんの後に続いて居間へといく、夕飯を食べている時に明日アスカちゃんに溶闇の事を教えてあげようと思った。



* * * * *



「アスカちゃんやっほー!」

「あ、チヨちゃん!!」

正午、アスカちゃんと待ち合わせをして、村の中心を流れている川のほとりの斜面に座り込んで昨日の話をする。



「アスカちゃん、溶闇って知ってる?すごく怖いんだよ!!」

「何それ!知らない!どんなやつなの!?」

アスカは体を私の方に寄せてきて興味津々で目を輝かせながら聞いてきた。


「あのね、夜になるとここの村って景色とか人が闇に飲み込まれちゃうんだって…それで闇に飲み込まれた人はみんなから忘れられちゃうの、だから夜は外に出ちゃいけないんだよ…!」

「へー!だからいつもお母さんに早く帰ってきなさいって言われるんだ!」

「うん、気をつけないとね!」


溶闇について話した後も川のほとりでアスカちゃんと楽しく談笑していると、気づけば日が傾き空がオレンジに染まっていた。

「アスカちゃん、そろそろ帰らないと!」

「そうだね!…うわっ!」

立ち上がった時に地面が丸石だったためにアスカがバランスを崩して川に転げ落ちてしまった。



「チヨちゃ…!た、たすけ…!!」

川の流れはゆっくりだが、アスカはパニックになってしまい体勢を直すことが出来ずに溺れてしまっていた。


「アスカちゃん!今助けるから待っててね!」

私は辺りを見渡して何かアスカが掴まれそうなものが無いかを探すが、何も見当たらない。

私は斜面を駆け上がり誰かいないかとあたりを見る、幸いにも畑仕事を終えて帰ろうとしている大人がいた。

「あの!アスカちゃんが川で溺れて…!」

「なに!?そいつは大変だ…!今すぐそこに案内してくれ!!」


私が戻った時、アスカちゃんはまだバシャバシャと水しぶきを上げていた、良かった、まだ生きている、一安心だ。



しかし時間が刻々と過ぎていく、山のふもとの方から闇が迫ってきていたのだ。

「やべぇな…溶闇だ…チヨちゃん…ほんとに辛いとは思うが、アスカちゃんの事は見捨てねぇと俺たちまで危ねぇ…」

「そんなのやだ…!アスカちゃん助けたいよ!!」

体にしがみついて泣きながら訴えかける。


「俺ら3人溶闇にのまれるより、アスカちゃんの分まで生きる方がまだいい…分かってくれ…」

そう言うと私を抱え込んで走り、川から遠ざかっていく。


闇はすぐ近くまで迫ってきていて、アスカはたちまち闇に飲み込まれてしまった。

無事に自分の家まで送ってもらった私は泣きながらおばあちゃんの元へいく。


「おばあちゃ…う、うぅ…アスカちゃんが…川で溺れちゃって、、でも溶闇がきてて…助け呼んだんだけど…」

「溶闇に飲み込まれてしまったか…でもチヨが生きていて良かったよ。」

おばあちゃんは優しく抱きしめてくれた、だけど友達を失った悲しみは計り知れないものだった。


「今日はもうおやすみ…大変だったねぇ」


私は夕飯も食べずに布団に入って眠りについた。



* * * * *



朝起きると、玄関の方からお母さんの話し声が聞こえた。

居間に移動する時にちょっとだけ玄関の方に視線をやると、そこにはアスカちゃんのお母さんがいて、楽しげに話していた。


私は昨日のことが頭をよぎり、謝ろうと玄関の方へ向かう。

「お、おはよう…」

「あら、チヨちゃん!おはよう、まだ眠たいんじゃないの…?」

「えっと…アスカちゃんの事…その、ごめんなさい…」

私がアスカを見捨ててしまったことの罪悪感をどうしても拭いきれずに頭を深く下げて謝る。


「んー?どうしたの?とりあえず顔を上げて?」

しかし、アスカのお母さんは特に怒った表情を見せず、むしろ私を心配してきた。

「だって、アスカちゃんが…」

涙を浮かべている私を見てお母さんも「何か怖い夢を見たの?」と心配してくる。


私はそこで全てを察した。


「いや、何でもない…」

アスカのことを謝っても、みんなの記憶からアスカは消えてしまっているので、いくら謝っても意味がなかった。



おばあちゃんの言う通り、溶闇にのまれた人は記憶から消えてしまう。


じきに私の記憶からもアスカは消えてしまう…




そう、いつも仲良く遊んでいた。



………あの子のことを

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る