110号室 バレンタインラプソディ

「なぜ俺はチョコが貰えないんだっ!!」



あまりの絶望感で家で酒を片手に1人で叫んでいた。



今日はバレンタインデー、街中のあちこちでバレンタインフェアだとかなんとかいってチョコを売りまくっている。

あれだけ大量のチョコを様々な店で売って沢山の人が買っているというのに、そのチョコは一つも俺の手には渡らない。



こんな奇妙な話があるだろうか、俺は別に女友達がいない訳でもない、むしろよく遊んでいる。



本命はいらない、バレンタインというのだからせめて義理でいい、もはや何でもいいからくれと神に祈るばかりだ。



しかし、時間は19時を過ぎている、日も暮れて、わざわざ俺にチョコを渡しにくるような心優しい人がいるわけ無いのだ。



酒を飲みほし二本目を冷蔵庫から取り出そうとした時、インターホンがせわしなく鳴り響いた。


「ま、まさかっ!!」

俺は心躍った、まさかこんな奇跡が起こるとは思いもしてなかった、飼い主が帰ってきたのを察知したイヌのように喜び、玄関に走ってドアを開ける。



ドアの前に立っていた人物を見た俺に電撃がはしった。

「おっす〜飯田!ハッピーバレンタイ…!」

「帰れ」



笑顔の来客に対し、俺は真顔でゴミを見るような目を向けてドアを閉めた。



大学のサークル仲間の高橋だ、板チョコを俺に渡そうとしてきた。

ちなみに可哀想なほどモテない男だ、ヤツの考えていることは分かる、チョコを貰ってない俺と宅飲み(反省会)をしようという目論見だったのだろう。



インターホンが止んで帰ったかとため息をつき、椅子に腰掛けた時またインターホンが鳴り出した。



このままでは借金取り立てのごとくインターホンを鳴らし、いつまでもドアの前にいる気がしたので仕方なく中に入れることにした。



「いやいや〜、酒とチョコを持ってきたぜ、まぁ元気出せよ敗北者」

「そのセリフ、そっくりそのまま返す」



こんなうざいやつとバレンタインの夜を過ごすというのは最悪だ、チョコを貰えないだけで済めば良かったのに、神は俺の精神を徹底的に潰しにかかってきているのか。



「さぁ、バレンタイン負け組反省会を始めるぞ」

高橋が缶ビールをプシュと開けて負の宴の開始だ



* * * * *



「俺もさぁ、、、綺麗な人にチョコ貰いてぇよー、もっと欲を言えば私がチョコの代わりだよ♥とか言われたいよな!!もうたまんねぇよぉぉ」

早くも酔いがまわっている高橋がクッションを抱いてくねくねと動いている。



コイツは脳みそがドロドロに溶けちまっているのかと心配になった。

「高橋、そういう所がダメなんだぞ」と一言、高橋に呆れかえった俺はちびちびと酒を飲み進め高橋が持ってきたチョコを食べていた。



高橋とくだらない話をダラダラし始めて2時間ほど経ち、ほどよく酔いがまわった俺は気持ち良くなってベットに横たわっていた。


高橋が「そろそろ帰るかなぁ」と言い、掃除を始めた時、俺のスマホがブーブーとなり通知がきた、どうせ公式アカウントの連絡だろうなと思いつつもスマホを確認する。




ひろみちゃん─チョコ作ったから渡そうと思ったんだけど、皆に渡して回ってたら時間に余裕なくなっちゃって…だから明日学校で渡すね〜( ˙˘˙ )



高橋と同じくサークル仲間のひろみちゃんだ、普段から仲良くしてくれてる良き友達だ。



「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」




体を勢いよく起こしスマホを両手で持ち画面を凝視した、俺がいきなり叫びだしたせいで高橋も何事だと手を止めた。



俺は高橋に「これ見ろよ」とスマホを見せる、画面を見た高橋は青ざめた顔になり小刻みに震えていた。

「お前…裏切ったな…仲間と思っていたのに…!くそがァ!!チョコと一緒に溶けてしまえ!あぁ…俺は神に見捨てられたんだ…」



高橋の目には涙が浮かんでいた、コイツはどんだけバレンタインに命かけているんだ、チョコ一つでここまでボロクソに言われると思わなかった。



「すまないが高橋…俺は明日、ひろみちゃんからチョコを受け取る。義理でも構わない、チョコを…受け取る!」

胸を張りドヤ顔で高橋に言う。



その後、ウキウキな俺とションボリとした高橋、、テンションに差がありすぎる2人で家の掃除をした後、高橋を見送った。



* * * * *



翌日、いつもより早く起き、早く学校に着いてひろみちゃんが来るのをワクワクしながら待っていた。



「おはよー!来るの早いねぇ」



俺を見つけたひろみちゃんが駆け寄ってきた、ひろみちゃんの手には小さな袋がある、「これ、昨日作ったから食べてね!」と手渡してきて、俺はまるで貴重な食料を与えられた人かのように何度も頭を下げありがとうと言い続けた。



袋の中を確認すると、何故か包装されたチョコが二つ入っていた。



「あれ?二つ入ってるけど…誰かに渡し忘れた?」

「えっと、もう一つは高橋くんにあげようかなって思ったけど、連絡先知らないしどうせなら仲良しの飯田くんから渡してもらおうと思って!」



高橋…神はお前を見捨ててはいなかったぞ



俺はまるでマンガの主人公のようにキリッとした顔で「分かった、ありがとう」と言って、急いで高橋の元へと行った。



* * * * *



「高橋!!!」


高橋はまだしょぼくれていて負のオーラを発していた、中庭のベンチに腰掛けこの世の終わりのような顔をして朝飯のパンを食べている。


「なんだ…お前はもう友達なんかじゃない、さっさと失せろ…さもなければ心臓抉り出すぞ。」



闇堕ちしている…昨日のあの出来事だけで豹変しすぎだ、今の高橋が悪役を演じたら最高の評価を受けそうだ。



「高橋、俺はたった今確かにひろみちゃんからチョコを受け取ってきた、だけどそこまで悲しむ必要は無いぞ」

強引に袋を手渡し高橋に中を確認させる。



「おい、、これって…」

「そうだ、ひろみちゃんがお前に渡してほしいって…」

「う、うそだろ…こんなことって…」



高橋は顔を下に向け体を震わせていた、膝にはポタポタと涙が零れ落ちていた。



「高橋…また俺と友達になってくれるか?」

俺は高橋の前に手を差し出す。


「当たり前だ…相棒…!!」

高橋はガッシリと俺の手を掴み友情がまた芽生えた。



「じゃあ一緒に食べるか!!」

「そうだな!相棒!」

俺は高橋の横に座り、袋を開封した、チョコの良い香りが鼻腔をくすぐる、チョコを一口食べるといい香りとほどよい甘さが口の中に広がり、あまりの美味しさに顔もほころんだ。



「うまいな…!高橋」

「おう…うまい…美味すぎる!!」



朝から満面の笑みでチョコを食べている二人の男の姿は実に不気味であったがそこには幸せが溢れていた。

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