109号室 カヤコさんと動物園。
─注意事項─
この話は106号室 ウチのカヤコさん。の続編となっています。
よりお楽しみいただくためにそちらから読むこと推奨です。
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「動物園に行きましょ!!!」
日曜日の昼下がり、昼食を食べ終えてテレビを見ながらダラダラとくつろいでいるときにカヤコさんがキラキラと目を輝かせて満面の笑みを浮かべて言ってきた。
俺も二十歳をすぎている、昔のように動物園に行こうといわれてはしゃぐような歳でもない。
どちらかというと家でゆっくりしていたいタイプだ、しかしカヤコさんはどうしても行きたいらしい。
俺が「なんでですか?」と素っ気ない態度をとって返事をした時、俯き泣きそうになっていたのをグッと堪えていたほどだ。
その姿はまさしく子供だ、1児の母とは思えない、そもそもあのカヤコさんにこういう1面があるというのも驚きだった。
「だ、ダメですか…?私、どうしても行ってみたいんですけど…」
モジモジしながら俺に言ってくる。
未だにテレビを見つつダラダラしている俺だが、さすがに泣きそうになっている人を前にして断るような鬼ではない、カヤコさんと動物園に行くことにした。
* * * * *
今にも駆け出しそうなほどウキウキで歩いているカヤコさんの後ろ姿を見ながら歩いていく。
「そういえばトシオくんと旦那さんも一緒に来なくてよかったんですか?まぁ旦那さんは家にいなかったですけど…」
トシオは気づいたら住みついていた黒猫とずっと一緒にいて遊んでいる、 しかしこういう時ばかりはお母さんと出かけたいものではないのかと思った。
「いいのよ、あの子は猫ちゃんと遊んでる時が1番楽しそうですしね〜無理に外に出すのもなんだか悪いじゃない?あと旦那はいつもどこかを徘徊してるから大丈夫よ」
旦那さんはどこか徘徊していると聞いて少し不安になったが気にしなくていいようだ、そう思うと同時にくだらない思考が頭の中を駆け巡った。
てことは俺、カヤコさんと一日デートするということに…!
思わずベタなラブコメのようなことを思っていた。
それも仕方ないと思う、上京する前から休日は家にこもりがちで女性と遊ぶ機会などある訳もなかった、カヤコさんが既に死んでいる人とは言え魅力的だ、母性の塊…いや、もはや母性の権化だ、別にカヤコさんのことを一人の女性として見ても大丈夫…!なはず。
なんて事を考えていたらつい歩くのが遅くなってしまった、「どうかしました?」とカヤコさんが心配そうに顔をのぞきこんでくる。
「な、何でもないです!」と少々キョドりながら返事をするとフフッと笑って俺にペースを合わせて歩いていく、この時俺がここまで女性を苦手とするものとは信じ難いなどと考えて動物園へと向かっていった。
* * * * *
「やっと着きましたねー!さ、中に入りましょ!」
チケットを買ってゲートを通る、不思議な事に係員の人たちはカヤコさんに対して普通に接している。
霊ではないので目には見えるが見た目からして死人であるカヤコさんがどうして怖がられたりしないのか謎である。
カヤコさんは動物園のパンフレットを手にしてワクワクしている、この人は生前動物園に来たことがなかったのだろうか。
「あの、カヤコさんって家族で動物園に来たことってなかったんですか?」
「旦那は仕事が忙しかったですし私は家事に追われてて…それに行けないまま殺されちゃいましたしね、一度もないですよ!」
カヤコさんの口からたまに出る恐ろしいワードに若干引きつつも話をきくと、カヤコさんは土日のみ開催されるイベント「カワウソのおやつタイム」を見たいがために動物園に来たという。
可愛い…!なんて可愛い死人なんだ、今までこんなに可愛い死人を見たのは初めてだ…
俺はたまにカヤコさんが何歳か分からなくなる時がある、若さというか元気ハツラツで無邪気なところを見ると俺より年下かと錯覚するほどだ、死んで何年経過しているかは考えずシンプルに歳を考えると20代後半か30代前半…悪くは無いな。
たった今、俺の守備範囲が広がったような気がした。
* * * * *
動物園というのは無駄に広いというか入り口からお目当ての動物まで距離があるのが難点だ、カワウソゾーンに着くまでに10分はかかった。
もちろんカワウソゾーンに行く途中シマウマとかオウムとかいたがカヤコさんは見向きもせずカワウソゾーンまで一目散に歩いていった。
せっかく動物園に来たのにじっくり見て回らないのはなんだか勿体ない気もする。
「ほら見てください!ちょうどおやつタイムが始まるそうですよ!可愛いですねぇ!!」
腕をブンブン降ってハイテンションでこっちこっちと呼んでくる。
カヤコさんが張りつきそうな勢いでガラスの向こう側にいるカワウソを眺めている、なんとも幸せな光景だ、俺はカワウソを眺めるカヤコさんを眺めていた。
カヤコさんを眺め本来の目的を忘れていた俺はふと我に返り本命のカワウソを見たが「可愛い」と言う言葉がつまってしまった。
「カヤコさん…カワウソの顔なんか怖くないですか…?」
俺が目の当たりしたのは魚を小さな両手で抱えて歯をむき出しにして豪快に尻尾から齧り付いている普段では想像もつかないカワウソの姿だった。
「えー、可愛いですよー!一生懸命に食べてるのが愛おしいですよ!!」
日本を恐怖で震撼させた某ホラー映画の主役(?)だからだろうか、怖いものに惹かれ可愛いと感じるものなのか…
「カヤコさん、俺写真撮りますよ」とスマホを片手に一言、カヤコさんは喜びを体全体で表してポーズを決める、写真は何枚かとって家に帰ってジックリ厳選することにしカワウソのおやつタイムを満喫した。
* * * * *
「カヤコさん次はどこ見ます?」
「次はここに行きます!!」
腕を前に出して手に持っていたパンフレットに指さしたところは動物触れ合いコーナーだった、ウサギやモルモットといった小動物と触れ合いが出来るという癒し空間だ。
「いいですね、行きましょう」と即答し足早に向かう。
「さて、動物たちとたくさん触れ合って遊びますよー!」とカヤコさんが意気込んで小さなゲートを通り触れ合いを開始する。
俺もカヤコさんの後に続きゲートを通り、小動物たちに触って癒し成分を補給する。
「ウサギちゃん可愛いですね!ほら、触ってみてください!もふもふですよー!」
カヤコさんはウサギを抱っこして俺にも触ってみてと言ってきたがなんだか様子がおかしい。
ウサギやモルモットが隅っこの方でカタカタ震えている、今は冬ではない、ウサギたちは寒くて震えているのでなく何かに怯えて震えていた。
「あの、、カヤコさん、、非常に言いにくいことなんですけど…ウサギたちが…」
俺がそう言ってる時も抱っこしているウサギを愛でるのに夢中で聞こえていないようだった、抱っこされているウサギはと言うと生きているのか死んでいるのか分からないほどに動かなくなっている。
小動物なだけあって危機察知能力が高いのだろうか、死人と触れ合うのは小動物的にアウトなのだと初めて知った。
「カヤコさん!ウサギが…!動物たちが!!怯えてます!!!抱っこされてるウサギなんてまったく動いてませんよ!!?」
大声でカヤコさんに言うとようやく気づいて慌てて周りを確認する、自分の周りに動物たちが全くいないこと、抱っこしているウサギが動いてない事が発覚した後、カヤコさんはウサギをすぐ解放してあげて隅っこにかたまっているウサギたちにごめんなさいと何度も頭を下げていた。
* * * * *
動物園を満喫してすっかり日も暮れた帰り道、カヤコさんはウサギに悪いことしたとすっかり落ち込んでトボトボ歩いていた。
「ま、まぁなんと言うか仕方なかったことですよ、まさか死人に怯えるなんて知らなかったわけですし…また遊びに行きましょ!ね?」
なんて声をかけたものかと少々困りながらもフォローをしてみる、この時カヤコさんは少し涙目になっていた、小動物にさえ優しさが溢れ出ているのもカヤコさんの魅力だが、それが仇となってしまった。
「そうですね…またどこかに遊びに行きましょうね、、早く帰って夕飯の支度しなくちゃね…」
必死にしたフォローも無駄だったようだ、なんだか気まずい雰囲気になってしまった中家へと帰る。
帰宅後、夕飯を済ませリビングのソファに腰掛け今日撮った写真の厳選作業に取り掛かったが、俺は思わず「えぇ!?」と声を張り上げてしまった。
どの写真にもカヤコさんが写っていないのだ、どの写真も写っているのは可愛い動物のみだった。
「カヤコさん!これどういう事です!?写真に写ってないですよ!?」
慌てて写真を見せるとカヤコさんは何か思い出したかのような表情になり俺に答える。
「あの時テンション上がっててすっかり忘れてたんですけど、私死んでるから写真に写らないんでした…」
エヘヘと照れながら笑っているカヤコさんだったがさすがにドジがすぎる、まぁ撮ってすぐに確認しなかった俺も悪いが…
「写真に写らないのは残念ですけど大丈夫です!!一緒に動物園に行けたことが1番嬉しい出来事でしたしね!!楽しい思い出また作りたいと思いましたよ!!」
ピースサインをして底抜けの明るさを全面に出してカヤコさんは答えてきた。
カヤコさんは天使か…優しさが俺を包み込んでくる。
俺は俯いて二階の寝室へ急いで行き、ベッドへと潜り込む。
「あら?何か悪いこと言いましたかね…?」
* * * * *
「な、なんだよ…カヤコさん…可愛すぎんだろ!!!彼女か?カヤコさんは俺の彼女か??違うよ!人妻だろ!!!バカヤロォ!!」
ベッドの中でカヤコさんのあまりの可愛さに悶えジタバタして、次は俺から必ず誘おうと決意した瞬間であった。
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