107号室 ジオラマ世界製作キット
今日は地元の祭りが行われていて、いつもは静まり返って爺さん婆さんしかいないような通りに子供達やカップルが出店を見て回って楽しんでいる。
俺は毎年祭りに来ていてビールとイカ焼きを持って歩き1人で堪能している。
くじ引き屋なんて当たりもしない人気のゲームを毎年のように目立つところに飾り、子供達の注目を集めては変なおもちゃを渡している。俺自身も昔はこんな詐欺まがいのものを楽しくやっていたと思うといかに子供が純粋かが分かる。
人の流れに身を任せながらゆっくりと歩き様々な出店の看板を眺めていたら「ジオラマ世界製作キット」という文字が見えた。
・・・怪しい。
世界の昆虫、ミドリガメ釣りまだ分かるが、なんだジオラマ世界製作キットって…
祭りだから多少訳の分からない出店があるのも仕方ない、周りの人も特に気にすることなく食べたいものを求めてやや早歩きになってるほどだが俺は気づいたら怪しい出店の前に立っていた。
ここだけ人がいない、というか空気が違う気がする、やたらボロボロな出店の外見に店主は髭面で薄汚い黒いコートを着てタバコをふかしながら椅子に深く座っている。
やる気がまったく感じられない。
しかし初めて見た出店で興味をひかれた俺は恐る恐る店主に声をかけてみる。
「あの…ジオラマ世界製作キットってなんですか?なんか気になって…」
「あぁ…ジオラマは分かるよね、建物とか街の模型っつーの?あれ作れるやつなんだけど自分が好きなように世界を作れんだよ、どう?すごいっしょ、客すくねぇし200円でいいわ、買うだろ?」
店に並べられていたのは縦横30cmほどの大きめの箱だ。
接客する態度と言葉遣いが非常に悪くいい気分ではないが200円は安い、俺は祭り独特のなんでも買ってしまう雰囲気にのまれて200円を店主に渡して箱に入った製作キットを片手にイカ焼きを頬張りながら帰宅する。
* * * * *
帰宅後、製作キットをテーブルに広げて箱に入っていた説明書を読んでみる。
─これは自分が好きなように世界を作れます。適当に建物とか人とか車とか並べちゃってください。
作り終わったら数十分後に人や車が自由に動くんで見てて楽しいよ。
あとくれぐれもジオラマを落としたり衝撃を与えないように。
以上。─
ミニチュアが動くってのか、まるでハリーなんちゃらの世界の話みたいだ。
適当すぎる説明書をざっと流し読んで製作に取り掛かる、様々なサイズのビルの模型などをどんどん並べていく、一時間程度でオフィス街と住宅街が隣合っているジオラマを完成させケースに入れてテレビ横に置くことにした。
動き出すまでの時間でシャワーを浴びたり食器を洗ってジオラマの様子を見てみると建物の窓からかすかに光が放たれ道には人と車が行き交っていた。
「すげぇ!ほんとに動いてる…!」
パターン化されている動きではなくほんとに自由に動いているように見えた、確かにこれは見てて楽しい、作り方次第では200円以上の価値があるのではないかと思った。
* * * * *
翌朝、仕事が休みで暇な俺は久々に部屋の隅済みまで掃除しようかと考えた。
ベッドの下、クローゼットの上、冷蔵庫の裏をハンディモップを駆使してホコリを取っていく。
テレビの裏も前かがみになって確認するとたんまりとホコリがたまっていた、腕をできるだけ伸ばして奥から手前にハンディモップを引いてホコリ取り完了だ。
ふぅっと息を吐いて前かがみの状態から身体を戻そうとしたら肘がジオラマが入っているケースに当たって落としてしまった。
やってしまったと急いでジオラマを起き直して倒れた建物を並べようとした時ゴゴゴと地響きがなりゆっくりと揺れ始めて立っていられないほどの大きな地震がきた。
15秒ほどだったろうか、相当な揺れだった、自分の安全を確保し外を確認するとあらゆる所でビルが倒壊し土煙が上がっているのが見えた。
目の前に広がる悲惨な状況に気が動転しそうになったが一旦落ち着くために深呼吸する。
冷静になった後、家族に安否確認して荒れた部屋を片付けていると製作キットの箱から説明書が飛び出していて「ジオラマを落としたり衝撃を与えないように。」という文が目に入った
今更その意味に気づいた俺は冷や汗が止まらなかった。
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