106号室 ウチのカヤコさん。

俺は今年上京してきて初めての一人暮らしを満喫している。


住まいは賃貸一戸建て




なぜ上京したての若者が一戸建てを借りられるのか…その理由は単純明快だ。




家賃3万という破格の安さのいわくつき物件に住んでいるのだ。

不動産屋からはここは絶対にやめた方がいいと言われたが、初の一人暮らしで一戸建てに住めるというロマンに惹かれて、すぐに契約をしてしまったという我ながらマヌケな話である。


普段は1階のリビングでのびのびと過ごし寝室は2階にある。ほかの部屋は物置だったり友達を泊めるための部屋だ。


住み始めて三ヶ月、いわくつき物件と言うだけあって、ラップ音がやかましかったり、勝手にトイレの水が流れたり、突然風呂場の窓ガラスが割れるなどということがあるけど別に死ぬ事でもないしほっといてる。最近では逆に俺が幽霊を追い出すためにドンドン壁を叩いて音を出している。


ある日のこと、寝ようとベッドに入り目をつぶったとき、押し入れの方からガタガタと音が聞こえてきた…


「な、なんだよこの音は…やたらデカいな…ネズミじゃなさそうだし…」


今まで体験したことない怪奇現象だったのでさすがに俺も震え上がった、この現象をほっといたら俺の睡眠時間を削られて生活に支障が出ると思い、勇気を出して押し入れの中を見る。


どうやら押し入れの中からではない、屋根裏から音がしている。

上を見ると木の板がガムテープで雑に固定され何かを隠しているように思えた、板の付近の壁は赤黒く滲んでいる。


「あれ…?この光景どこかで見たことが…」

なぜか見覚えがあった、しかしどこでいつ見たのか思い出せない。

俺は鳴り続ける音の正体を暴くべく板を外し懐中電灯で目の前を照らす…


「…ゴミ袋がある、えっ中に入ってるのって…」

ゴミ袋の中に人の顔のようなものがみえる…俺はこの時いつもの怪奇現象のようにほっとけばよかったとひどく後悔した…


「ァァ…ァァァ…ァ…」

この途切れ途切れ聞こえる音、ドンドンと響く音、おまけにゴミ袋の中でガサガサと動いている。

俺は恐怖からかその場から動けなくなっていた、額からは大量の汗が流れる…


ガサガサと音が大きくなってくる、その瞬間ゴミ袋が破れ何かが俺の目の前に迫ってきた。

「ァ…ァァァ…ァァ…」



* * * * *



目が覚めると朝だった、しっかりベッドで寝ていた。

屋根裏を覗くとゴミ袋がなく何もいない、俺はただ疲れていて変な夢でも見たんだと思った。


顔を洗い、朝食を作ろうと1階へいく…

何やらトントンと音がする、また怪奇現象かと思い特に気にすることもなかったが、音と一緒に味噌汁のいい匂いもしてきた。


「え、誰かいるのか?なんで料理を…?まさか母さんが来てる!?」

俺は焦って台所へ走っていく。


「母さん!来るなら事前に連絡して…よ……?」

しかしそこにいたのは知らない女だった…

「だ、誰だお前…!!」


声をかけると女が振り向いてきた。

「ァァァ…ァ…ンン!あーあー!あっ!声出た!やったぁ!!初めまして、私カヤコと言います。」

「…だから誰だよお前!!!ここは俺の家だ!さっさと出ていけ!」

訳の分からないことを言ってるカヤコとかいう女を追い払おうと声を荒らげる、しかしカヤコは冷静に返事する。


「いやいや、ここは元々私の家ですし…ほら、知りませんか?カヤコですよ…?この姿、見たことありませんか!?」

ボサボサの長い髪に少し赤みがかった服、そしてところどころ傷ついている身体…


「え…?まさか…じゅお…」

「あー!それ言わないでください!もうその言葉聞くの嫌なんです!!」


カヤコ…そうだ、あのカヤコだ…日本を震撼させたあのカヤコ!

俺は確信した。昨日の見覚えのある光景、今思えば途切れ途切れ聞こえていたあの音もカヤコが発するものではないか。


「あ、あぁ…あのカヤコさんね…それでここはあなたの家と…いわくつきって…アハハ…」

そう、カヤコに関係するモノや人に対して干渉した人間が最終的にどうなるか俺は知っている、そのことを思い出し思わず笑ってしまう。


「いや、大丈夫ですよ?呪ったりしませんし、安心してくださいね?」

「え?カヤコって言うと強い怨みを持ってることで有名じゃないですか、俺もいずれ呪い殺されて…」

「いやぁ、確かに昔は呪い殺してましたよー?ダンナが憎かったですしね?でも時間ってすごいですね、日にち経つごとにどうでも良くなってくるんですもん!」

笑いながらえげつない事を言ってきた。夫に殺されたっていうのにそれ許しちゃうってどんだけ寛大なんだこの人は…


「そ、そうなんですか…てか声出るんですね…たしか首を掻っ切られたから声でなかったはずじゃ…」

あの特徴的な声じゃないカヤコは新鮮だ、あの声からは想像出来ない透き通った声だ。

「今朝トシオに縫ってもらったんですよーお陰様で声が出るようになりました!!」

そういやカヤコにはトシオという息子がいたな…でも家にいないようだ、たぶん遊びに行っている…?


「それにしてもあなたが屋根裏を覗いてくれてホント助かりました、不動産屋はいわくつき物件とかいって誰も住まないから屋根裏から出ることが出来なくて困ってたんですけど、最近ドンドン音がするから私も音立ててみたらあなたが覗いてくれたんです!気絶しちゃったからベッドに戻してあげましたけど…」


俺は幽霊を追い払うために壁ドンをしていたのに逆効果だったようだ、まさか幽霊以上にとんでもないものを呼び起こしてしまうとは…

カヤコは昔ここに住んでいた、しかも今目の前にいる、どうせここを出ても当てがないだろうし、トシオまでいるので追い出すのもかわいそうに思えた…


「え、えっと…なんだかよく分からないですけど…これからよろしくお願いします…」

「え?私ここに居続けてもいいの!?男の人の一人暮らしだしやっぱり後で出ていこうと思ったんだけど、そう言ってくれるなら住んじゃうね!!」





…俺は実に馬鹿なことを言ったようだ。




* * * * *


「はーい、出来ましたよー」

味噌汁と白ご飯と焼き魚がテーブルに置かれた、男の一人暮らしでこんな飯を食べることなんてないぞ…

いただきますと手を合わせ味噌汁をすする…めちゃくちゃ美味しい、下手すりゃ母さんが作った味噌汁より美味しい…

俺は思わず感動してしまった。


「美味しいです!こんなにうまい飯久々に食べました!」

「それはよかったー、私料理は得意なんで食べたいものあれば言ってください、頑張ってつくりますよー!」

なんだこのカヤコから溢れ出る母性は…俺はすっかりカヤコに心を奪われた、これはある意味カヤコの呪いだ…


「ありがとうございます、、最初は出ていけとか言ってしまってほんとに申し訳ないです…乗り気じゃなかったですけど、これからはカヤコさんとトシオくんと俺の3人で仲良く暮らしま…」

ガチャと玄関の方から鍵を開ける音が聞こえた。

「あっ、帰ってきたかな!おかえりなさい!!ほら、ちょっと来て!この人が私を出してくれたの!しかもここにいてもいいんだって!!」

俺の目の前に現れたのはトシオと…知らないオッサンだった。


「い、いや…まさか嘘でしょ…?その男の人は…」

「ダンナです!一緒に住んでもいいですよね?」

カヤコの夫まで住むって…俺が居にくいんだが…しかしここまでくるともう1人増えたくらいなんてこと無かった。


「は、はい…もうお好きなようにどうぞ…」

「ありがと!さぁ今日は家族みんなが揃った記念に夜ご飯は張り切って作ろっと!何にしようかな!」

俺は途方に暮れテンションがダダ下がりだ、カヤコとトシオが住むのはまだ許容範囲だったのに…


一人暮らししていたはずがいつの間にか俺がホームステイしに来てる感じになってしまっている、色々と考えるのも面倒になってきた…



* * * * *



数日後、カヤコたちと一緒に生活することで怪奇現象はなくなった。




というか、俺が死んでいる人間と暮らしていること自体が怪奇現象…などとは考えないでおこう。

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