第5話 『意固地な綺麗好き』

「いや、別にいいけど」

「即答ですかよ……」

 一瞬張り詰めた空気。しかしその緊張は本当に一瞬であり、叶多の気の抜けたひと言によって崩れ去る。

 元より叶多は協力するつもりだった、と。その意思は、何を聞いても代わりはしない。

 別世界の話だったとしても、『誰かが困っている』と聞いてしまって、はいそうですかと流してしまえば寝覚めも悪いというもの。どスルーかましてモヤモヤするより行動した方がスッキリできる、というのは叶多の弁だ。

 しかし、


「けど、気になることがいくつかある。協力するから、それにはちゃんと応えて貰いたい」


 浮かんだ疑問がいくつかある。全てリアンと、変身後────黒と赤を基調とした騎士礼装の、あの姿に関わることだ。

 ……そんな疑問は、普通は頷く前に問いただすべきなのではないか、なんて。リアンは言いかけたが、自分の中だけで留めておいた。

「まず、あの変身は何なんだ? 身体能力がアホみたいに上がってたけど」

「アホみたいて。……まあ、そうですね。確かにアホみたいに上がる、って表現が正しいかもです。ボク自身も予想外、予想以上の上昇値でしたから」

 リアンの苦いような笑い声が響く。同時に「そうですねぇ、」なんて前置きをして、

「やっていることはベギオムを生み出してるモノたちと、基本は同じですね」

「ベギオム……欲望を暴走させられた人間、だったか」

「それです。その人間が抱えている、一番大きな欲望に細工を施して暴走させる────。ボクがやっているのは、叶多くんが抱える欲望、『性欲』を同じような原理で『魔力』に変えて、暴走状態の人間と戦えるようにしているんです」

 性欲エネルギー、力、魔力。この単語、それぞれを聴いたのはつい昼間のことで、記憶に新しい。

 疑問は解消された。がしかし、そのせいで新たな疑問が浮上する。

「なんで性欲なんだ? 別に他にもあるだろ」

「なんで性欲なのか、と言うのは叶多くんの一番高い欲望だからですね。それからまあ、一番命に関わらない三大欲求だから、というのもありますか。戦いが長引くとその欲望がゼロに近いものになる可能性もありますし……」

「前者はまだわかるけど後者はわからねぇよ……おまえ性欲ゼロにされたら子孫繁栄できなくなるよ!?」

「そもそも相手がいるんですか?」

「いねぇようるせーな!!」

 突然の口撃こうげきに叶多は唾を飛ばしながらがなり立てる。何も否定できないし、言い返せないんだから悲しい話だ。

 しかしまあ、叶多自身も『性欲が一番命に関わらない』というのはわかる。確かに食欲や睡眠欲求をゼロにされてしまえば、睡眠不足で事故を起こしたり餓死なんかしかねない。

 リアンが叶多の命やら心配してくれているのはありがたい話だが、それはそれでいただけないような。

「まぁいくら取られてもムラムラしちまうし問題はないんだけどさ」

「文字通り底なしですか君の性欲」

 性欲を力に変えた。あれだけ動き回っておいて、力を振るっておいて────あまり身体に異変は感じない。思っているより影響は少ないものなのか、はたまた。

 大したことないな、なんて思った叶多。何やら口を開こうとしたのと同時に、


「……何ひとりで話してるの? ご飯、できたけど」


 思わぬ邪魔が入り、質問タイムは終わりを告げた。

 食事中に、祖母から「本当に平気なの?」などとしつこく聞かれたのはまた別の話。


 ◇◆◇


「ごみ、ごみ、ごみ……」

 暗くなった道を歩く。ほんの少し町から離れた、あまり人が通らない道だ。

 街灯に照らされ、やけに目立つごみ。ごみ、ごみ、ごみ。それが昔から、やけに気に入らなかった。

 私はバックから袋とトングを取り出すと、そのゴミを袋の中に詰め込んでいく。

「なんでちゃんとゴミ箱に捨てられないのかしら……」

 ぼやきながらゴミを回収。三歩歩けばゴミに遭遇する勢いで、私の眉間には思わずシワが寄った。

 なんでこんなに汚いのか。解せない。そもそもこれは、私の仕事じゃないはずなのに。

 いつからだろうか。道に落ちたゴミをスルーできなくなってしまったのは。


 ……一度、自分の家の前の道を綺麗にゴミを拾いきって。次の日にはゴミが散乱していた時だと、記憶している。


 なんで私が綺麗にしたのに、こんなにそばから、って。幼いながらに激怒したのを覚えている。

 街を綺麗なまま保ちたい。それだけなのに。

「はっはー、なかなか拗れてんなァ。悪くない」

 突然、背後から声がする。気さくな、女の子の声だった。

 缶ゴミ片手に振り返ると、そこにいたのは肌が浅黒い……白髪の少女。

 少女は口元に親しげな笑みを浮かべて、私を見つめていた。

「拗れてる、って……なんのこと?」

「何って……そりゃ、アンタのその欲望のことさ。何かをそのまま保っていたい────それも立派な欲望だ」

 よくわからないことを言いながら、少女は歩み寄ってくる。身長は、同じくらい。年齢も……多分同じ。

 不思議な少女だ。人懐っこくて、何故か惹かれて────何故か、足が、動いてくれない。

 少女は私の顎に指を添え、不敵に微笑む。そのまま顔を近づけると、


「そのまま、解放しちゃいな」


 私の唇を、奪った。

 ファーストキスだった。小さい頃に王子様にあげたいだなんて言って、十七年間取っておいたはずのファーストキス。

 それが、同い年の女の子に。


「ん、ん……? ぁ、ん……!!」


 抵抗できない。体の力が抜けていく。代わりに、口の中へと少女の舌が侵入した。

 柔らかい舌の感覚。ざらりとした舌の感覚。唾液が、口の端から溢れ出るのがわかる。

 頭がぼーっとしてきた。少女とのキスはまるで、麻薬のような。私の思考を溶かし、何もかもを砕いていく。

 意識。理性。言葉。意思。そして……欲望。


 少女の舌はひとしきり私の口の中を蹂躙すると、口の中へ何かを送り込んでくる。

 冷たい、硬い、何か。歯を立てないように少し口を開いてやると、それは喉へと転がり込んできた。


「ん、く……」


 反射で、飲み込む。なんの違和感もなく、すんなりと。

 昔、小さい頃に間違えて飴玉を飲み込んでしまった時の感覚に似ていた。


 途端。


「ぁ……あ? あ?」


 糸を引いて、離れる唇。

 満足げに離れていく舌。


 同時に、私の身体に熱が走った。


「ぁ、あ、あ、あぁ、あああああ、あああああ!!」


 熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱いあついあついあついあついあつい。

 かゆい。からだになにかムシがハイズリマワルような感覚。気持ち悪い。気持ち悪くて、飲み込んだ何かを吐き出そうと嗚咽する。

 しかしそれは迫り上がることすらなく、体の熱は増していく。体の中に何かがへばりついていく感覚。何か異物と体が混合されていくような感覚。


 ────キモチワルイ。


 掻きむしっても掻きむしっても痒さは消えない。爪に肉が挟まっているのに、真っ赤に染まっているのに、掻きむしった腕はなんともないのもおかしな話だった。勢いよく掻きむしっても傷ひとつなく、自分の体が自分じゃなくなっていくようで。人間からかけ離れていくようで嫌だった。


「今度は頼むぜ……アタシの可愛い駒♥︎」


 そんな愛らしい声を最後に、少女は姿を消す。


「あぁ、が、あ、ぅ────ああああああ!!」


 私は人ひとり居ない暗い道路でもがき、もがき。そして意識を手放す。

 暗転した意識の中で記憶は薄れ、私は────。

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成人もしてないのに魔法使いになりました。 悠夕 @YH_0417

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