第3話 『気づけば、』
「よっ……」
間の抜けた声。同時に地を蹴り飛ばすと予想以上の勢いが身体に乗り、叶多は目を見開いた。
「ちょっ、おいおいおいおいリアン、どうなってんだこれ!?」
『気をつけてください、身体能力はいつものウン十倍にもなってますから! なんとか慣れて身体を操作してください!!』
「んな無茶な!?」
ものすごい勢いで過ぎ去っていく視界。頰を撫ぜる風は強く、目の端からは思わず溢れ出て飛び散った。
勢いを殺すために突き出した踵はグラウンドの土を抉るばかり。勢いは消しきれず、ぐんぐんと侵入者との距離を詰めていく。
『ベギオムとの距離、三メートル! 激突まで残り二秒!』
「ええい、もうどうにでもッ、なれ!!」
なるようになれ、と叶多の叫び。同時に右腕を振り抜き、これから訪れるであろう惨状を想像し、両目を強く瞑る。
これだけの勢いが乗り、ついでにこの筋力だ。何がどうなるかわかったもんじゃなく、正直怖くて仕方がない。……なんて叶多の思いは杞憂に終わる。
「……あ、あれ?」
確かに拳は直撃した。腕に返ってくる衝撃は本物だったし加減もしてない。正直、爆裂四散してもいいほどだ。
にも関わらず相手は吹き飛び、地面をバウンドするだけで済んだ。……いや、状況的には〝だけで〟と言えるものではないのだが。
『相手もかなり強化されてるみたいですね。……かなり『欲』を溜め込んでる。強力ですよ』
「えーっと、とどのつまり加減はナシでいいってことかな?」
『……そういうことになりますね?』
「気が楽になったわ!!」
これはしめた、とばかりに叶多の動きの全てから遠慮というものが消える。
控えめに先程は蹴られた地面は思いっきり。構えられた拳も全力で握りしめ、
「りゃあ!!」
放つ。
まずは拳。相手の腹にねじり込むように放たれたソレはモロに入り、衝撃波に、砂埃が舞った。
しかし相手の瞳は未だ虚ろに────戦意と、殺意が宿っている。
立て続けに放たれたのは赤黒い外装を靡かせ、勢いも回転も全力で乗せた回し蹴りだ。
「あああああああああ!!」
「っ、やば」
が、一切の加減ないその蹴りは見事に脇に受け止められ、叶多の身体が宙に浮く。
地面を捉えようと必死に
明らかに焦りの表情を浮かべた叶多を他所に、相手は白目を剥きながら大きく口を開いた。
『気をつけてください叶多くん! ベギオムに取り憑かれた人間は、先程のように他人を捕食し色々なモノを搾り取ります! おまけに一度呑み込まれたら倒されるまで出れなくて────』
「なんだよそれ何処のエロ同人!? ちょっと男に搾り取られるのはマジ勘弁!」
リアンの忠告を話半分に聞きながら、体を捻り、その顎に蹴りをくれてやる。
顎に思いっきり足先をくらった男は唾液を飛ばしながら数歩後退した後に、口元を拭いながら叶多を睨みつけた。
まるで野生の動物の様だった。人間の姿をした、別の何か。
「……んでリアン、これどうしたらアイツ元に戻るの? 搾り取るって言ってたよな、早いとこカタつけないとマズいんじゃ?」
『……いえ、連中は律儀に安全なところへ逃げてから摂取を始めます。今は呑み込まれた人達は問題ないでしょう……ですが長引かせるのはいけませんね。長引くと叶多くんの性欲エネルギーも切れてしまいます』
叶多の問いかけに、リアンはひとりブツブツと応える。
叶多の左手の甲に埋め込まれた宝石────リアン本体からは汗が飛び散るモーションまで再現されていて、ヤケに芸がこまかいなあなんて感心する叶多である。
『そろそろのはずなんです。身体のどこかに、
続けざまに放たれた、リアンの必死な声と同時だった。
「ゥ、縺?≠ァ縺ゅ≠縺、縺ゅ′縺後=縺ゅ≠縺────!!」
男が、額を地面に打ちつけながら奇声を発し始める。
鼓膜を揺さぶる奇声。人間の声帯から出ていいのかわからない様な音。
その声は、音は、叶多の心をざわつかせる。心を満たすのは不快感と、焦燥。
奇声に混じり、澄人の元へ聞こえてくるのは額を打ち付ける鈍い音だ。
水っぽい音。何かが潰れる音。何かが飛び散る音。擦り切れた様な、鼓膜を引っ掻く様な耳障りな声。
その中で、ごつん、と。硬い何かが、ぶつかる音がした。
ゆっくりと男は顔を上げる。額から血を流しながら向けられた、虚ろな瞳。
丁度その上、血液が流れ出る額に、陽の光を反射して輝く何かがあった。
「アレは……宝、石?」
叶多の呟きの通り、宝石だった。薄茶色の宝石で、大きさはおおよそ五センチ程度。
種類は、トパーズ。しかし本来の輝きは失われていて、酷くくすんでいる。
『あれが、あの男に潜り込んだ本体です。アレが男の欲望を吸収し、さらに暴走させています』
「欲望を、暴走……?」
ひとは欲望を暴走させるとここまで壊れてしまうのか。
思うがままに暴れ回り、奇声を発し、そして何かを壊す。
「ォ菫コ縺ッ縲√◆縺?隱阪a繧峨l縺溘>縺?縺代↑縺ョ縺ォ!!」
男は何かを叫んでいる。
目からは涙を流し、みっともなく、獣の様に唾まで飛ばして。
そんな様子を見ていたら、
『か、叶多くん!? 説明がまだ────』
「大体わかった。あの宝石をぶっ壊せばいいんだろ!」
気づけば、走り出していた。
迷いなんてない。そんなもの置き去りにして走り出す。
何故か拳は強く握られ、本能はあんなもの見たくないと叫んでいる。
本能が、嫌だと叫んでいた。
「ら、あああああ!」
迫る。
男との距離を無いものに。拳を握り締めながら、一刻も早く。
対する男も迎え撃つ体制だ。拳を受け止めようと右腕を徐に突き出し、吠えた。
とうとう距離がゼロになる。拳を待ち受ける腕を叶多は左手で弾き飛ばし、もう一歩。
地面が割れるほど強く。構えた拳は固く。狙いは額の宝石に定めて、振り抜いた。
「っ、ぅ、が……!」
拳は宝石の芯を捉え、叶多の耳にもヒビが入る音が聞こえる。
男の身体は弓なりに仰け反り、そのまま地面に背中を打ち付け、とうとう機能を停止した。
割れた宝石から黒い煙が空に溶けていく。
「おれは……ただ、誰かに認めてもらいたいだけで……」
倒れた男からうわ言のように放たれた言葉に、叶多は何も応えない。
ただ大きく、ため息を吐くだけだった。
◇◆◇
「あーあ、こんなもんか。まぁ最初にしちゃ上出来かな……」
黒い煙、その塊を弄びながら少女は独りごちる。
場所は澄人の通ってる学校、その屋上。転落防止の柵の上に腰掛け、足をプラプラと遊ばせながら。
白い髪を風に揺らし、少女は校庭を見下ろしている。
丁度叶多が逃げる様にその場を去り、校舎の裏へと逃げ込んでいくところだった。
「アレがカーネリアンの変身者ねぇ……へぇ。邪魔されるのは気に入らないけど、面白そうじゃない」
言いながら、手のひらで煙の塊を握りつぶす。同時に満足げに笑みを作ると柵の上に立ち上がり、
「まだまだ
視線を向けた先は、背中に提げた西洋剣の鍔。
指先で優しくソレを撫でてやると、跳んだ。
「あーあ、これから毎日が楽しみ。やっぱり
屋上には少女の意味深な発言が残されるのみ。
物語が、動き出す。ゆっくり、ゆっくりと。
誰にも気付かれずに、回り出す。
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