学校

「おはようございまーす」


 間延びした挨拶を響かせて、私は教室のドアを開ける。みんなの視線が一気に私に降り注いだ。が、すぐに黒板へと戻る。


(x-3)(x+7)=12


 黒板にはそう書いてある。

 くっそ、よりにもよって数学か…。心の中で舌打ちする。社会がよかったな。


 窓際の一番端。自分の席に着く。

 私は背負っていたリュックから筆箱と教科書を取り出して机に置いた。つけているストラップがカチャリと音を立てる。静かな教室には、そんな僅かな音でもやたらと響いてしまう。

 心の中で謝った。皆の集中を乱すのは好きじゃない。それに、私は違うけど、みんなは受験を控えているのだ。まだ七月なこともあって今はそんな雰囲気ではないけど、夏休み明けからはどの部活も終わって、勉強漬けになるのだろう。



 高校に行かない。


 それでほんとにいいのかな?


 時々、みんなを見ているとそう思うことがある。

 いくら私に羽根があるからといって、人としての営みからは逃れられない。

 食べなければ生きていけない。食べるためにはお金がなくちゃいけない。お金を得るためには働かなくちゃいけなくて、そのためには勉強だってしなきゃいけない。


 私は羽根があるという言い訳に甘えて、そういう難関を避け続けているだけなんじゃないだろうか。


 ……なーんて。


 教科書を机に広げる。「140ページ」と通路を挟んで隣の早紀さきが小声で教えてくれる。ありがと、と小声で返してページをめくる。


(x-3)(x+7)=12


 シャーペンの芯を出して、ノートにそれだけ書く。

 やっぱりわからない。

 きっと答えは単純で、なんてことはないんだろう。時間を置いたり知識を得たりすれば、今難しいと感じるものだって、絵本と同じに見えるはずだ。

 だけど、今はわからない。


 どうしてこんなに難しいんだろう。

 数学だって、人生だって。

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