昨日

「ふーん。そんなことがあったの」


 真面目さは崩れることなくママの顔に残っていた。怒ってるのかそうでないのか判別しづらい。やや背筋を伸ばして、ママの次の言葉を待つ。


「いいことじゃない。いっぱい話してきたら」


 真面目さが消えた。

 かわりにいつものお花畑オーラが満ち溢れる。

 よかった…。死ぬかと思った…。

 怒ったママがそれほど怖いというわけではないのだけれど、だからといって怒られたくはない。真剣な口調になられればそれなりに緊張もする。


「うん」


 安堵のため息とともにそうこたえる。


 ふと時計に目をやった。

 8時。

 結構長いこと話してたみたい。これは遅刻確定だ。

 まだ朝ごはんも食べてないし。

 ママ私学校あるってこと忘れてるよね…?まあいいんだけど。


「いただきます」


 やっと手を合わせる。今度はママの静止はかからず、口に運ぶことができた――ごはんはちょっと冷めてたけど。


 でもやっぱり、のんきでもズレてても、私のママはママしかいないんだよね。

 ご飯を咀嚼しながら、そんな当然のことを考える。

 もちろんウザいなって思うこともあるし、もう少ししっかりしてほしいと思うことも少なくない。でも、他の人と変えたいかって言われたらそうじゃない。

 きっとママもパパも、翼のない私より、翼のある私がいいって言ってくれる。

 それだけで十分だ。


「ねえねえ、イケメンさんだった?」


 感動を返せ。


「結構イケメンだったよ。二人ともイケメンの系統は違ったけど」

「えー、ママも見たいなー」

「日曜日一緒に来ればいいでしょ」

「え、一緒にいっていいの?翔ちゃん嫌がらない?」

「いいよ別に」


 ママはやったー!と嬉しそうに笑った。

 これで39歳ってどうなんだろう。童顔のせいで若く見られるけど、あと一年で40だ。

 まあどれだけ老いてもママはママのままな気がするけど。

 めっちゃママ連呼したな。


「でもいたのね、翔ちゃんと同じ羽根持ってる人。ママ安心した」


 お花畑が消える。かわりに哀愁のような安堵のような、形容しがたい空気が漂う。私のちょっと苦手な空気。私だけじゃなく、十代ならみんな苦手かも。

 私はその深みを含んだ空気をはらうように、わざと明るい声を出す。


「何でママが安心するの」

「えー、秘密ー」


 ママも同じテンションで返してきた。

 ここで「親だから当たり前」なんて言わないところが、ママの素敵なところだと思う。


「じゃあ翔ちゃん、学校行こうか」

「…覚えてたの」


 めんどくさ…。

 やっぱり、さっきの感動を返せ。

 溜息をつきつつそう笑った。

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