第2話
どうしてそうなったのか、正直なところ自分でもわからない。
彼女は《奴》の元カノだ。T大の女子大生だ。レベルが違いすぎる。
今、どんな暮らしをしているかわからない。《奴》の手前、考えたくないが、新しい彼氏がいるかもしれない。
告れ・・・と言われても、僕自身が気持ちに余裕がなくなっている。女の子に告白したのは、高校時代に書いたラブレターの一回きり、それも無残に砕け散った。面と向かって告白している自分を想像しただけで赤面する(一時流行った草食男子の代表選手だ)。彼女にしてみれば迷惑この上ないだろう。
彼女がいつ、何時ごろN駅前にいるのかわからなかった。数日通ってようやく見かけた。《奴》が見かけたのと同じ金曜日だった。
彼女は、募金箱を手に、道行く人に呼び掛けている。
その横顔は、あの写真とあまり変わらなかった。
《寸分変わらない》と言えないのは、どこか笑顔がくすんで見える。あのキラキラが乏しいのだ。
物陰から、右斜め前45度から伺っているさまは、あやしい。あやしすぎる。
意を決し、深呼吸をすると、500円玉を握りしめて(100円玉でもなければ、1000円札でもないのがミソだった)・・・人の流れに紛れ、なるべく自然に(すでに自然ではないのだが)、彼女の前に立つ。
握りしめて汗ばみ熱くなった500円玉を、募金箱にいてた。乾いた硬貨の音がする。
「ご協力ありがとうございます」
赤い羽根をジャケットの襟にさしてくれながらそう言った彼女の声は、柔らかく優しかった。彼女に振動が伝わるのでは・・・というくらい、ドキドキしていた。
「あの・・・」
彼女が羽を差し終わる前に、話しかけた。この瞬間を逃せば、話しかけるタイミングがいつ来るかわからない。
「はい?」
「これ・・・」
名刺サイズの一筆箋に書いた僕のメールアドレス。
メルアド交換などほとんどしたことないので、メルアドに愛着はなかったが、《奴》から自己主張しすぎない程度にアピールした方がいいとアドバイスを受けて変えたものだ。
「もしよかったら、メールをいただけませんか?」
今時メールくらい・・・とはいっても、見知らぬ者同士での交換は、やはりハードルは高い。メモを受け取ってくれないかもしれない。受け取ってくれても返信がないかもしれない。どれだけやり取りが続くかも不明だ。
一瞬の戸惑いが、彼女の目に浮かんだ。が、次の瞬間には、はにかんだ笑みがこぼれた。
「あまりこまめにできないかもしれませんがよろしくお願いします」
周囲から、小さな拍手が起こった。
あのアルバムほどではなかったが、キラキラした笑顔が浮かんだ。
思わぬ好感触に、僕も顔が緩んだが、ホッとして気も緩んだ。
お願いしますと一礼すると(ここが日本人らしい)、その場を立ち去った。
それから数時間、ドキドキとふわふわとうれしさで、何も手がつかなかった。
《奴》から大丈夫か?と何度も指摘を受けたが、大丈夫ではなかった。
夕食のころ合いになって、ようやく落ち着いた。二人でささやかに祝った。
彼女からメールが届いたのは、祝杯を始めて間もなくのことだった。
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