一枚の写真

なる@

第1話


 僕には、《奴》と呼べる友人がいた。

 2回生になったばかりの、まだ桜が咲き誇っていたころ、学食で隣り合わせになったのがきっかけだった。

 入試情報誌では、そこそこ偏差値の高い大学ではあったが、講義ではそういった学生に出会ったことがないのは不思議だった。そんな中で真面目に勉学に取り組んでいる者同士が出会ったのだから、親しくなるのは当然だったかもしれない。

 真面目に講義を受け、真面目に時事問題について語り合い、学費や生活費を差し引いたあとのバイト代で朝まで飲み明かしたこともあり、それなりに学生生活を楽しんでいた。


 3回生の10月になったある日、《奴》が一冊のアルバムを見せにきた。高校の卒業アルバムだった。

 プライベートについて、語ったことのない《奴》が、さほど懐かしいという風な表情もせずに、ぺらぺらとページをめくっていく。

 クラス写真、部活動写真、学校行事・・・

 流れはどこも同じのようだったが、作りはどこか凝っているように思った。

 A4サイズの、短辺で綴じられた様式。

 印刷から製本まで、生徒自ら携わっているというから驚きだ。

 クラス写真にあった《奴》は、高校球児のように短髪だった。

 ふと気づいたことだが、《奴》は進学クラスのようだった。T高の進学クラスと言えば、難関国公立大学への進学率も高いはずなのに、どうしてこんな大学に進んだのだろうと、そんな疑問がわいてくる。

 《奴》は多くを語らず、ゆっくりページを繰っていく。

 僕も、その手に合わせて目を進めていく。いや、《奴》こそ、僕の目線に合わせてページを繰っているのかもしれない。

 「あ・・・」

 「ん?」

 「あ、いや、このアルバム、凝ってるなぁと思ったら、平安時代の蒔絵を思い出して」

 「そうだな、製本は和綴じだが、雰囲気は蒔絵をイメージしている」

 無言の時間が流れていて、急に口を開いたから、心拍数が上がってしまった。それを誤魔化すように、アルバムに目を落とした。

 クラスの集合写真では隅っこで隠れるように立ち、部活動に所属していない《奴》の姿をアルバムで見つけるのは、なかなか至難の業だった。

 と。。。

 遠足か、修学旅行だろうか、制服姿の男子生徒と女子生徒が、噴水の前で仲睦まじく座っている写真があった。

 写真を見る限り、人影はない。この噴水は、生徒たちの集団からは離れた場所だったのだろう。これがどういうシチュエーションなのかは想像の域を出ないが、二人のようすをこっそり伺っていた写真班が、こっそり写して、こっそり載せたのは間違いない。そうでなければ、こんなプライベートに近い写真を載せてもいいというわけがない。

 そういう決まりがあるわけではないだろうが、極端に掲載の少ない生徒は、こういう写真も載せているのかもしれない。そんな餌食になった男子生徒は、短髪の《奴》だった。

 しかし、《奴》には悪いが、僕の目が行ったのは、隣の女子生徒のほうだった。

 この女子生徒も、クラス写真のどこかにいたはずだったろうが、目がいかなかった。

 《奴》の隣に座っているその子の笑顔は、肩まである髪と同じくらいに、キラキラしていた。広い額を前髪で隠し、大きな目を細めているさまは、知的さと気の弱さを物語っていた。

 細い指先が、スマートフォンを操作している。《奴》が画面をうれしそうにのぞき込んでいる。卒業アルバムでなかったら、普通に、リア充なデートのワンシーンだ。

 しかし・・・

 《奴》に彼女がいたなどと、今まで聞いたことがない。もっとも、高校生活について語ったことすら少なかったが。

 「高校生の時、唯一、心を許せる人間だった、彼女という以前に・・・」

 僕の視線が誰に向いているのか見透かされて、急に顔が火照った。

 高校1年生の時から付き合いはじめたふたり。一緒にT大を目指そうと3年次、進学クラスを希望した。しかし、夏休みごろから、《奴》の頭脳が失速した。焦りはますます成績を押し下げる。《奴》の気難しい表情は、彼女をいらだたせた。気持ちのすれ違いは、受験生にとってはマイナスだった。二人の関係は、クリスマスを迎えることなく終わってしまった。

 彼女はT大に合格、そして《奴》はこうしてここにいる・・・

 「今、どうしているかはわからない。ただ数日前、N駅前広場で赤い羽根募金をしているのを見かけた。みかけは、ちっとも変っていなかった」

 初めて、懐かしいという目をした。が、そこにはもう元には戻れないことを知っている憂いた光を含んでいた。

 「気になるのなら、募金にかこつけて、告ればいい。ただし、最初は俺の話を出さないでくれ。それと・・・」

 「それと?」

 「ストーカーに間違えられるようなことは、しないでくれよ」

 


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