第7話 オーバー・ザ・レインボー(エピローグにかえて)

 ブラディーマリー。カウンターに座るその人の前に、僕は静かに差し出す。美容室を閉じてから、その人は一度だけ僕の作る酒を飲みに店を訪ねてくれた。

 「何かの皮肉?」

そういいながらも、その人は、ゆっくりと静かに飲んで帰っていった。

 「私にお似合いのお酒かも。」

 帰り際、そういったその人の声に、なぜか僕ははじめて会った日の「はい」という言葉をまた思い出していた。


 同じ夜、ラスト・オーダー間際に、彼女が扉を開けて姿を見せ、さっきまでその人がいたカウンターの席に腰掛けた。沈黙のまま、僕は彼女の前でカクテルグラスにシェーカーからダイキリを注いだ。

 「どうぞ。」

 僕の声に反応したかのように、彼女はグラスをもち、唇に近づけて一息でそれを喉の奥にほうりこんだ。白い手首に幾重にも巻かれていた包帯はなく、剥き出しの傷跡がはっきり見えた。

 「どう、味は?」

 そういって瞳を覗き込んだ僕に、彼女は微笑んで真っ直ぐな声でこう答えた。

 「虹の向こうに連れてって」

 アート・ペッパーのサックスの音色がこの店の隅々までもを満たし尽くしていた。磨きおえたロックグラスがきらきらと輝き、少しだけ虹に見えた。


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4Cuts 赤黒96 @akakuro96

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