第17話 理不尽な調理、不条理な料理

 ブースの席に横たわる。マスター、水をください。昌利の声が聞こえる。しばらくして、目の前に、水が置かれる。横たわった身体を、ゆっくりと起こして、水の入ったコップに手を伸ばす。冷たい水。喉が鳴るように、一気に飲み干す。もう一杯欲くれ。いいわよ。声。前をしっかり見る。女性が立っていた。

「一番、しんどいところを走ってもらったわね」

「ヒトミさんですか」

「友也君ね」

「和樹さんは?」

「待っていてくれなかったわ」

「それは、俺を助けに」

「そうね。よくわかってる」

「和樹さんは無事ですよね」

「ええ、もうじき帰ってくるはずよ」

「ヒトミさんがマスター?」

「意外?」

そう言って、軽やかに笑う。

「いや、ただ、水がうまい」

 横たわった俺の顔に、昌利が、冷たいタオルを置く。

 ひんやりとした感触のまま、ヒトミの話を聞いた。

 隣の店の買い取り、木田商会の横やり、町の再計画、契約書、そんな言葉が耳を通り抜けていく。今は、もうどうでもいい。そんな気分。けして投げやりな訳ではない。

「ヒトミさんはどこに隠れてたんですか」

「カットの部屋よ。交換条件は、カットの話を黙ってきくこと。ずっとカウンセラー気分で聞いていたわ」

「そうですか」

「なぜ、表に出てこなかった、とは聞かないのね」

「俺の役割はピエロだったんですね」

沈黙。

「理不尽な調理」

「えっ」

「そして、不条理な料理」

「わけがわからない」

「簡単にわかった気になる男にならないでね」

沈黙。

 ドアを開く音がした。靴音だけが近づくのが聞こえる。

 横たわる腹に重いものが落とされる。

 「返したぜ」和樹の声だった。

 「おまえのお守りだ」

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