接吻

@aniani1230

第1話

「ねえ、私生理が来ないの」

私は彼に申し訳なさそうに呟きました。

「ただの生理不順だろう」

彼はテレビで競馬を見ながらつまらなそうにそう言います。

「もし、もしよ、貴方との子共ができたら私はどうすればい良いのかしら」

「それはその時考えるさ。今良いところなんだ。邪魔しないでくれるか」

実況は競走馬たちが第3コーナーに差し掛かった所を熱く伝えています。彼はいつもそうです。無責任で無頓着でたまらなく嫌になります。大事な話をしている時、彼はいつも私を突き放します。それが彼という人間でした。

果たしてこのままで良いのでしょうか。私は落ち着かなくて、耳かきを手で持て余しました。

私は彼に幾度となく泣かされてきました。私が貯めた結婚資金200万円を彼がパチンコですった時、彼が私のお弁当をゴミ箱に捨てて外食に出かけた時、定職につかずいつまでも私の家に居座っている時。彼は私が居ないと生活できません。その思いだけが私を支えていました。

「さあ、きよみが今第4コーナーを曲がり先頭に立ちました!」

テレビは私を嘲笑うかのように実況を続けました。

「私、夜ご飯作るわね」

私は畳から立ち上がり、お味噌汁用の鰹節を袋から取り出そうとした時

「ああ、今日は友だちと呑みに行くから夕ご飯は要らないよ。一万円くれないか」

「分かったわ」

私はお財布から一万円札を取り出すと、彼に手渡しました。彼はそれをそのままポケットに突っ込んで出かける準備を始めました。

「きよみ!今一着でゴールしました!」

彼は玄関で靴を履いて出かけようとしていました。私は不安で不安で彼に尋ねました。

「私、この先どうすれば良いの?息を吸ってご飯を食べて、働いて、この先私はどうすればよいの?」

彼はくるりとこちらに翻しつかつかと歩いてきました。私は彼に殴られるンボじゃないかと思って身構えました。彼は気に入らないことがあると暴力を振るうのです。

しかし、予想に反して彼は私にいきなり接吻をしました。

「名前は清美にしような」

私はあまりのことに腰が抜けて、その場に座り込んでしまいました。その時、私は自分でも恐ろしいほど、心底彼のことが好きなんだと分かりました。

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