第9話 本当の目的

「それは”復讐“ですか? 平松さん。いやキム・ヨンスさん」

須藤の突然の言葉に、平松は微笑みゆっくりとうなずいた。

「えっ! ど、どういうことなんですか?ヤスさん」

田島が動揺した様子で尋ねた。

「うん。トシちゃんにはまだ言ってなかったかな。平松っていうのはカミさんの名字。康弘はいわゆる”通名“さ、まあ詳しいことは、初対面なのにやけに僕のことをよく知っているそちらのディレクターさんに聞いた方が早いかもしれないけどね」

「でも復讐って、一体…」

田島はうつむいたままのミキを横目で見ながら言った。

「トシさん。ここまで黙っていてすまない。実は僕の今回の仕事の本当の目的は、この人たちの行動を探ることだったんだ。もちろんジュラシック・ツリーも発見できればそれに越したことはなかったんだけど…」

「この人たちって、ミキさんもですか?」

「まあいつかはこうなると思っていたけど、雷に打たれてケガをするとは、ちょっと想定外だったね」

顔を上げて何か話そうとしたミキを遮るように平松が答えた。

「まだ何だかワケが分からない。ちゃんと説明してくださいよ! ヤスさん」

ますます困惑する田島が言った。

「トシさん。ここに来る前にトリウム鉱山の跡地を見ただろう。実は日本のある企業がトリウムと水素を用いた常温核融合発電の実験に極秘に成功したんだ。今まで小説の中の話だとされてきた技術だったんだけど、この発電技術が実用化できれば、地球の電磁場を利用して半永久的な発電をしようとしたあの天才科学者ニコラ・テスラ以来の、まさに世の中のエネルギー政策を根本から変えてしまうほどのすごい技術なんだ」

「あのイナズマ博士のテスラ以来の…」。田島は、雨宿りで入った洞穴の中で須藤が語った話を思い出した。

「その開発を行った技術者が、この人たちと一緒にいて行方不明になっている人物なんだ。偉業とも言える実験の成功にもかかわらず、会社はその発表に二の足を踏み、なぜか研究の一時中断を決めてしまう。会社の不可解な対応に納得がいかないその技術者は、数週間前に突然辞表を提出し、その後行方をくらましてしまったんだ。僕のボスの江尻プロデューサーが、どうやらその技術者がオーストラリアに出国したらしいとの情報をある筋から得て、僕がここにやって来たというわけなんだ」

洞穴の中で燃える焚き火の炎はいつしか衰え、燃え尽きたユーカリの枝が黒い炭へと変化していた。

「そしてその技術者の周辺を調べていくうちに、失踪前の彼にある団体が接触していたことが分かったんだ。それがこれさ」

須藤がポケットからお守りのようなものを取り出して見せた。それは、不思議な蝶の図柄の上に漢字で「浄魂」と書かれていた。

「あっ! それはジョーの友だちのアボリジニ、デービッドの息子ダニエルが持っていたお守りと同じものじゃないですか!」

「その通り。オーストラリアの先住民が信じたように、蝶は復活のシンボルを現し、真ん中に書かれた『浄魂』とは”魂を浄めて来世で復活する“ということ。ダニエルがユーカリの森の中で拾ったのは”魂の浄化と再生“という意味のSpiritualCleansing & Rebirthの頭文字を取ったSCRという団体が配っているものだったんだ」

「須藤さんはすべて知っていたんですね…。でもSCRって聞いたことがないですが、それは宗教団体なんですか?」

須藤に少し怪訝そうなまなざしを向けた田島が聞いた。

「いや宗教じゃあない。世の中の真理を探究する組織さ。日本人は”真理“とか言うと、すぐ短絡的にカルト宗教じゃないかと疑い出すから困るんだ。確かに僕らは”神“は存在すると思っているけど、いわゆる人間を救う神を信じるわけじゃない。神は人間なんか救いやしないんだよ」

「でも昔は信じていた…」と平松の言葉に須藤が口を挟んだ。

「確かに信じてはいたさ。だけど親父はその信じていた神に殺されたんだ。在日2世で単立系キリスト教会の牧師だった父親は、妻を早くに亡くし、男手ひとつで1人息子の僕を育て、本当に身を捧げて神のために働いた。服なんかほとんどもらいもので、昼は教会の仕事、夜は建設現場や清掃の仕事をしながら小さな教会を細々と続けていたんだ。でもある時、教会の敷地の乗っ取りを狙った悪い連中にだまされた教会員が、親父が牧師の地位を使って女性信者にセクハラをしたと訴えたため警察に逮捕されてしまう。もちろん警察の理不尽な取り調べに屈せず親父は無実を訴え続けたが、結局1年近くも拘留され、持病の心臓病が悪化し、あっけなく獄中で息を引き取ったんだ」

「そうだったんですか…」。

「その後、親父さんの無実は明らかになったが、教会は人手に渡り、失意のあなたは世界を放浪。そしてオーストラリアで今の奥さんと出会った…」。須藤が付け加えた。

「カミさんもオージーの旦那を交通事故で亡くしていて、心に傷を持つ同士で気があったというわけさ」

平松の話に田島は、NZクライストチャーチで発生した大きな地震のことを思い出した。あるテレビ局の取材で、被災現場に入った田島は、多くの日本人留学生が犠牲となったビルが、すぐ隣にはしっかりした建物がそのまま残っているのにもかかわらず、地震直後に一瞬にして崩れ去ってしまっている姿を目の当たりにした。間一髪で難を逃れた日本人女性の話も聞いた田島は、もし神が存在するなら、なぜ何の罪もない若い命を奪う不条理を許したのか? とその時感じたのだ。

「だから人間は神に頼らず、自分で自分の罪を清め再生していかなくちゃいけないんだよ」

「まだよく分からない…。でも、とにかく今は川に流されたその技術者さんを早く探さなくては」。哲学の授業のような平松の話に田島が耐えかねて言った。

「いやその心配はない。彼は我々の仲間に保護されている。ミキくんが君たちを呼んだのも彼をかくまうための時間稼ぎだったのさ。でもこのケガは本当だけどね」

平松が包帯から血がにじむ足を押さえながら少し顔をしかめた。

「すみません…」。ミキが本当に申し訳なさそうな顔をして言った。

その時、ごう音とともに足元がグラグラと揺れ、洞穴の上からパラパラと小石が落ちてきた。

「キャー」。ミキが叫んだ。

「いよいよ始まったな」。周りを見回した平松がつぶやいた。

「とにかくここは危ない、平松さん歩けるか?」。素早く立ち上がった須藤が平松の腕を自分の肩に回し、洞穴の外へと向かった。

外はまだ暗かったが、東の空の雲が仄かなピンク色の明かりに照らされていた。

(つづく)

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