第4話


 502統合戦闘航空団基地。ネヴァ川に長く延びる滑走路の上に、帰還した直枝、ヴァルトルート、ニパは整列していた。


 三人の姿はぼろぼろであった。

 ネウロイの爆発をまともに浴びたため、服は破れて傷だらけ、顔は黒く汚れていた。

 そしてストライカーユニットはどれも壊れていた。正確には基地まではもったものの、着陸寸前に故障して落っこちたのだ。おかげで全員痣だらけである。


 三人の前にはラルとサーシャがいた。ラルは無表情だ。筋金入りのウィッチで二百五十機以上撃墜しているウルトラエースなのだから、これくらいでは動じない。

 一方のサーシャは「ストライカーユニットはどれも修理しないと使い物になりません」との報告を整備班から受け、どんよりとしていた。


「……報告は聞きました」


 しばらく三人を見つめてから、サーシャは口を開いた。


「監視哨が戦闘を目撃していました。中型ネウロイの撃墜に喜んでいたら、ウィッチが三人も巻き込まれて仰天したそうです。記録は共同撃墜」


「えっ、オレじゃないのか?」


「だから僕だよ」


「ワタシかも」


 また言い合いをはじめる。サーシャは「静かになさい!」と声を上げた。

 三人は背筋を伸ばした。


「それよりも、ストライカーユニットの損失が問題です。元々明後日到着のものを、方面軍司令部に無理を言って、夜を徹して届けてもらいました。それが明け方です。なのに朝食前に壊れました。昼食時に修理して、夕食後にはきっと直ります」


 その言葉に三人は思わず笑ったが、サーシャはにこりともせずに続けた。


「だといいのですけれど」


 そして、柔らかだが鋭い口調で言い放つ。


「まだ全ウィッチが揃ってもいないのに、三人が出撃不能となりました。私の経験からしても、こんなことははじめてです。ここでネウロイが攻めてきたらどうなります?」


 三人は答えない。「お前が言え」「直ちゃんが言ってよ」「ワタシ言わない」などと視線を送りあっていた。

 サーシャが言った。


「説明する必要もありませんね。きっと楽しいことになります」


 はじめてにこりとする。その表情に、三人はますます身体を固くさせた。

 一体どうなってしまうのか、サーシャはそれ以上口にしない。このあたりに留置場の時とは違った厳しさがあった。


「ともかく、ストライカーユニットが直るまで静かにしていてください。地上ではなにも壊さないように」


 サーシャはラルに目配せをする。ラルはうなずいた。


「今さら私がどうこう言うまでもあるまい。全員オラーシャでの戦闘を繰り返したベテランだ。ネウロイが攻めてきたところでどうということはないだろう。装備もいつかは壊れる。予備部品もないわけではない。だが」


 ラルは皆に言った。


「戦力低下がいただけないのは事実。しかも命令もないのに離陸して戦闘。聞いたサーシャが卒倒しかかった」


「なんとか踏みとどまりました」


 サーシャが言い添える。ラルは続けた。


「私は、はっきり言うが予備部品を早く寄越すよう書類を作るのが面倒くさい。あんなもの電話一本でどうにかしろと言いたいところだが、組織だからそうもいかん。余計な仕事を増やさないでもらえるとありがたい」


 言い終わってから、ラルはちらりと背後を見た。

 建物の一角から、おいしそうな匂いがここまで漂っていた。


「朝食の準備ができたな。では食事としよう」


 解散しようとする三人。そこにサーシャが「待ってください」と止めた。


「あなたたちは食事の前に基地を二周すること」


 罰走しろとの命令だった。

空腹の三人から一斉に抗議の声が上がる。サーシャはわざとらしく耳に手を当てた。


「勝手な離陸とストライカーユニットの損失に対しての罰直です。軽い方ですよ」


 まったくその通りなのだが、ヴァルトルートはつい不満を口にした。


「でも朝食前ってさ……」


「三周がいいですか?」


「二周でいい」


 彼女は即座に返事をする。直枝とニパにも異存はなく、というか藪蛇になるのでなにも言わない。

 サーシャは改めて言った。


「これ以上壊すようでしたら、もっと別の罰直も考えます。ですが今は走るように。はい、スタート!」


 サーシャが手を叩き、一斉に駆け出す。これ以上罰直を増やされてはかなわないとばかりに、三人は走りはじめた。


 三人が罰直を終らせ基地の食堂に入るまで、ラルは食事をはじめずに待っていた。

 食堂はウィッチ専用で、縦に長いテーブルの両脇に椅子を並べてある。厨房は隣接しているので、いつでも暖かい食事が配膳された。

 メニューはオラーシャらしく、そばの実のカーシャ(粥)だった。

 席に着こうとして、直枝は食堂内を見回した


「あれ、サーシャは」


 ラルは答えた。


「他の人員を迎えに行ってる。食事は向こうですませるそうだ」


 納得した直枝たちは、この寒いのに気の毒だサーシャの分も腹に収めてやると、一心不乱に食べはじめた。


「食べながらでいい。聞け」


 ラルが言う。


「クルピンスキーとカタヤイネンのストライカーユニットの損害は思ったよりも軽く、簡単な修理ですむそうだ。直るのは明日」


 ヴァルトルートとニパはほっとする。ラルは覆い被せるように告げた。


「今度命令違反したら取り上げるからな。管野のユニットは一番損害がひどい」


 直枝は思わずスプーンを囓った。


「え、ひょっとしたら出撃不能」


「いや、修理は終る。ただ予備部品が早くも底をついた」


 ラルはカーシャを飲み込んでいた。


「次同じところを壊したら、しばらく出撃はできない」


「えー」


 直枝は渋い顔をした。


「部品くらいもっと早く持ってくりゃいいでしょう」


「繰り返すが、軍隊は組織だぞ。そう簡単にいくか」


「銃を突きつけたらどうです」


「監獄に行くのはお前ではなく私になる。そうなったら管野にそそのかされたせいだ、本当はやりたくなかったと涙ながらに証言するからな。そもそも、きちんと飛べば問題は起こらない」


「オレはちゃんと飛んでる」


「これだけ損害がひどいのは、ネウロイに一番接近していたからだろうと整備班は言っていた」


「そりゃ、それくらいでなきゃ、ネウロイは墜とせねえから」


 遠くから撃ったって弾は当たりっこない、というのが直枝の持論である。こっちも相手も動いている中、確実に撃墜するには接近するのがもっとも有効であると、彼女は確信していた。


「敢闘精神は賞賛する」


 とラル。


「だがあまり壊すようではペテルブルグを守るものがいなくなる。そうなったらオラーシャの西側は完全にネウロイのものだ。サーシャが怒るぞ」


 直枝は首をすくめた。扶桑きっての暴れん坊で恐れるものなどなにもないのだが、

どうしてかサーシャだけは怒らせたくないのである。

 ラルは静かにカーシャを口に運ぶ。


「サーシャは人員の迎えに行くついでに、予備部品の話もつけることになっている」


「どれくらい来るんです」


「カールスラントから一人、ガリアから一人、扶桑から二人だな」


 総勢で九人前後となる。統合戦闘航空団としてはまずまずだ。


「扶桑のウィッチは管野の知り合いかもしれないぞ」


 ラルに言われて、直枝は首を傾げた。はてさて、ウィッチに知り合いはそこそこいるが、一体誰であろうか。

 直枝の疑問をよそに、ラルは話題を戻した。


「さっきの続きだ。予備部品の補充を優先することになったので、嗜好品の補給があと回しになった」


 この言葉に直枝だけではなく、ヴァルトルートとニパも「げっ」という顔になった。

 嗜好品とは一般兵なら煙草や酒だが、ウィッチの場合はキャンディーやチョコレートといった甘味である。疲労を和らげリラックスもできるので、大変な人気がある。どうかすると奪い合いにもなった。

 それが遅れるというのは、あまり穏やかな話ではない。


「甘いものにありつきたければ、敵を墜として補給路を安全にするかストライカーユニットを壊さないか、あるいは両方やることだ」


 ラルは話が終った合図に、ゆっくりコーヒーを飲んでいた。

 隣に座ったヴァルトルートが囁いた。


「直ちゃん、甘いものなんだけどさ」


「なんだよ、オレのせいか?」


「そうじゃないよ。隊長はああ言うけど、先行して運び込んだチョコレートが倉庫にあるんだ。昨晩見た」


「どっかの盗賊みたいだな、あんた」


「一つ提案があるんだけど」


 ヴァルトルートの言葉に、直枝の耳がぴくりとする。


「どんな」


「配給のチョコを賭けないか。一番多く撃墜した人が総取り」


「博打かよ」


 直枝は呆れた。

 娯楽の乏しい前線では定期的に賭けごとが流行する。チップや果物を種銭に博打をするのである。やり方はカードゲームからしりとりまでと幅が広い。多国籍な部隊だと手っ取り早い交流手段となるため、特に発生頻度が高くなった。

 ただ推奨はされていない。給料を賭けて丸裸になったり、はなはだしい場合は武器弾薬までやりとりされることがあるためだ。


「バレたらどうるつもりだ」


 ヴァルトルートが言った。


「黙ってれば分からないよ。直ちゃんは賭博グルックシュピエールが嫌い?」


「いいや。乗った」


 直枝は即答した。


「急いでオラーシャに来たんで、読む本もなくて困ってたんだ。やろうじゃねえか。チョコはオレが全部もらう」


「いやあ、僕がいただくよ。きっとそれだけじゃ足りなくなるだろうから、直ちゃん自身を……」


 不穏なことを喋りそうだったので、直枝は反対側を向いた。


「ニパ、おめえもやれ」


「え? 賭けごと?」


 ニパは少し驚く。


「そういうのっていいんだっけ」


「固えこと言うな。やんのかやんねえのか」


「やる」


 ニパは返事をする。ラルは聞いているのかいないのか、二杯目のコーヒーに口をつけていた。

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