第9話
月曜日は憂鬱だ。これはもう人類共通の気持ちなんじゃないかと思う。休日が終わり、学校や仕事に行かなくてはならない一週間がまた始まるのだから、気が沈まない方がおかしい。会いづらい人がいる場合は特に。
先日以来、何となく霧絵ミルイと顔を合わせづらくて、僕は朝からずっと落ち着かない気分だった。彼女とは違うクラスであるとはいえ、またいきなり押し掛けてくる可能性は十分に考えられる。もしそうなった場合、僕は彼女とどう接すればいいのだろうか。急に優しくするのも不自然だし、かといって今まで通りでいいとも思えない。分かりやすく言えば、距離感がつかめないのだ。
そして今ひとつには小鳥遊さんのこともある。彼女に頼み事をされてから、もう数日がたっている。内容を考えれば簡単に聞けることではないし、小鳥遊さんも数日そこそこで結果を得られるとは思っていないだろう。
それでも霧絵ミルイとデート――のようなもの――までしておきながら、成果といえば、霧絵ミルイが小鳥遊さんのことを嫌っていないらしいということが分かっただけというのでは、小鳥遊さんにも会わせる顔がない。
僕はわざとホームルームぎりぎりまで教室に入らなかったり、休み時間は出来るだけ外にいて、弁当は中庭でひとりで食べるなど、可能な限り二人から離れて何とか時間を潰した。
そうして二人から逃げるように一日を過ごした放課後、僕は杉原と一緒に半井の家へ遊びに来ていた。
あまりにも窮屈な時間が続いていたので、家に帰るまでに気分転換したいと思ってダメ元で二人を遊びに誘ってみたら、思いがけず半井が「じゃあ、うち来る? ちょうど新しいソフトを買ったところなんだ」と返してきたのだった。
暑い日射しはそのままに、僕は杉原の自転車の後ろに乗せてもらって、僕には見なれない道を三人でだらだらと進む。やがて家に着くと、半井は自転車を置いて、僕たちを玄関に招いた。
「ちょっとせまいけど、まあ、上がってよ」
杉原も半井の家へ来たのは初めてらしく、僕たちふたりは「おじゃまします」と若干緊張気味に声を揃えて靴を脱ぐ。そのまま二階の部屋へ案内された僕たちは、入ったとたん、締め切った部屋の蒸し暑さにおそわれた。
「あぢぃ……クーラーのリモコンはどこだ」
片付けやゲームの準備をバタバタとしていた半井が「今スイッチ入れたから、もう少ししたら涼しくなると思う」と、振り返る。
「おぉー、文明の利器はスバラシイ」
杉原はエアコンの風がまともに当たる場所で、うほーと何やら叫んでいる。
「なあ、クーラーの風でも宇宙人の声って出来ると思う?」
「さあな。やってみれば?」
「ワ~レ~ワ~レ~ハ~ウ~チュウ~ジ、ゲホッ!」
「宇宙痔? それはまた壮大な痔だな。肛門がブラックホールにでも繋がってるのかよ。どこの病院へ行けばいいんだ?」
「チ~ガ~ウ~。ウ~チュウ~ジン~ダ~。コ~ノ~ホ~シ~、ゴホッ! ……ハ~、イ~タ~ダ~、げふぅ!」
「どうしたのかな宇宙人さん、もしかして無理してそれっぽい声出そうとしてる?」
「ソ~ン~ナ~コ~ト~げほぅ! ごふぇ!」
「やめたほうがいいよー。エアコンの風って結構汚いらしいから」
僕と杉原のアホなやりとりを苦笑いで見つつ、半井はつっこみを入れてくる。
「じゃあ僕、飲み物持ってくるね」
そう言って半井が部屋を出ると、さすがに杉原も宇宙人ごっこはやめたようだった。
何となく手持ちぶさたになって壁際に置かれたラックを覗いてみると、そこにはIT関連機器、本、フィギュアが種類ごとに分けて詰められていて、僕と杉原は、どちらからともなく感嘆と呆れが混ざった息をついた。
「うわぁ……、こりゃ何ていうか、予想以上ってところだな」
「まったくもって同感」
「こういうフィギュアって、ぱんつとかちゃんと穿いてんのかな」
「やめろ」
フィギュアを逆さまにして見ようとする杉原の頭を叩いて止める。
「それにしても……」
別のフィギュアを色んな角度から眺めている杉原は置いておいて、僕は改めてラックの上の段を見回した。
ラックには、高価そうなパソコンやディスプレイがいくつも並べられていて、配線で接続されたそれらは、緑色の電灯を小さくも誇らしげに光らせていた。
僕はこういったものに詳しくないので分からないけれど、結構な値段がするものなのではないのだろうか。
「おまたせ~」
と、そこへトレイを持った半井が戻ってきた。
「なあ半井、このハードディスクって自分で買ったの?」
「いや、借り物だよ」
「借り物?」
「うん。父さんの仕事関係の人がね、パソコンのソフトウェアを創る会社に勤めてるんだけど、ソフトが正常に動くかどうか、テストをやらせてもらってるんだ」
これはそのための機器。と、半井がラックを指す。よく見れば下の段には難しそうなパソコン関連の本がたくさん並んでいる。
「手伝いといっても、ちゃんとバイト料は出るし、色々と勉強にもなるし、ほんとお得だよね」
半井は何でもないことのように言っているけれど、それって実はかなりすごいことなのではないだろうか。学校のクラブ活動などではなく、アルバイトとはいえ、きちんとした会社の大事な仕事を任されていることに違いはない。
「そんなことはいいから早くやろうぜ」
フィギュアを見るのに飽きたらしく、杉原はすでにゲーム機のコントローラーを握って待機していた。
僕と半井もゲーム機にディスクを入れて画面の前に座る。
半井の買ったゲームソフトは、何作もシリーズが出されている人気格闘ゲームの最新作で、そのうちのいくつかは僕もやったことがある。キャラクターや技の出し方などはシリーズを通して同じなので、操作や基本的な設定に迷うことはないだろう。
「三人だから、負けたやつが交代ってことでいいよな? ああ、でもそれだと半井が有利過ぎるか」
「そんなことないよ。僕もまだあんまりやり込んでないからね」
「そうか? それじゃ始めようぜ」
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