第3話 - 願い -
祐二の通夜、葬儀が終わって二週間が経っていた。そんなとき、仕事に打ち込んでいた私の元に一本の電話が入った。
「もしもし、遥?」
「美希?どうしたの?」
電話の主は、新婚ホヤホヤで元同僚の美希だった。
「どうしたのじゃないわよ。あんた大丈夫なの?」
「え?」
「……あんた、祐二くんが亡くなってからずっと働き詰めらしいじゃない」
「そうだけど?」
「そうだけどって…。ああ、もう!あんた、今日仕事が終わったら会社の前で待ってなさいよ!」
どうやら美希は、事情を知った会社の人から連絡を受け、私に電話をかけてきたらしい。
ヘタに逃げてもいつかは捕まるのだから、私はおとなしく美希のいうとおりにすることにした。
私を気遣ってくれているのだということは、ちゃんとわかっていたから。
それから私は美希と二人で食事をしに行き、久しぶりにお酒にも口をつけた。祐二を見送ってから、どんなに疲れていても、どうしてかお酒だけは飲むことができなかったのだ。
「少しは紛れた?」
「うん。ありがと」
「気にしない、気にしない。私とあんたの仲でしょ」
それでも、私は美希の気持ちが嬉しかった。
次の土曜日、部屋の片付けをしていると、ずっと着ていなかったコートのポケットから雑貨屋の小さな袋が出てきた。そこは祐二とデートしていたときに見つけた雑貨屋さんで、その袋は、かわいい腕輪があったから買ってもらったときのものだった。そんなに高いものではないけど、付き合いはじめてから初めて買ってもらった大切なもの。今も、会社以外では腕にはめているものだった。
私は片付けの手を止めて、その場に座りこんでしまった。
無我夢中で仕事をしても、やっぱりまだ無意識に彼の姿をさがす自分がいる。
あの頃は、会えることが当たり前だと思っていた。
祐二の傍にいることが、一番の幸せだった。
大きな手も、優しい声も、温もりも、笑顔も、全部大好きだった。
でも、祐二はもう、どこにもいない。
また涙が出てきそうだった。そんなとき、インターホンが鳴った。
「遥ちゃん、俺…、悟」
「…悟くん?」
ドアを開けると、悟くんが真面目な顔で立っていた。
「どうしたの?」
「……あのさ、俺…」
なかなか話を切りだせないでいた悟くんは、しばらくして私に封筒を差し出してきた。
「これ、何?」
「……俺、祐二からこれを渡すように頼まれて来たんだ」
「え?」
「……祐二のやつ、死ぬ前に俺に手紙を送ってたんだ。一緒に遥ちゃん宛の封筒が入ってた。手紙には、俺が思うタイミングで遥ちゃんにこいつを渡してほしいって。ホントはすぐに来たかったんだけど、ちょうど大きな仕事が入っちゃっててさ。こんなに遅くなった。ごめん…」
「う、ううん。ありがとう…」
封筒の裏には、祐二の名前があった。表には『遥へ』とも。
悟くんは、お茶を出すという私の誘いを断り、すぐに帰っていった。
封筒を見る。すぐには開けられなかった。ただまじまじと、封筒に書かれた祐二の字を私は見ていた。
覚悟を決めて封を開けたのは、それからしばらくあとのことだった。
私は涙が止まらなかった。
祐二の気持ちがまっすぐに伝わってくる。
一つ一つ、気持ちを込めて綴った彼の言葉は、私の知ってる彼そのものだった。
「……ゆう…じ…っ」
祐二の笑顔が浮かぶ。眠そうな顔。真面目な顔。困った顔…。
そして手を広げて、
『遥、おいで』
と優しく語りかける。その言葉に、嬉しそうに私が腕の中に飛び込んでいる。
幸せを感じていたのは、私だけじゃなかった。
きっと息を引き取ったときも、笑っていたんだと思う。
だからこそ、もう祐二がいないという現実に、涙が止まらない。
本当にもう、いないのだ…。
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