第35話 塾の経営を始めて2


その日は突然やってきた。まだ寒さが残る、3月初旬だった。いつも通り私は中央林間校に事務作業をするため出勤していた。いつもと変わらぬ穏やかな朝だった。突然入口のドアが開き、男性が10名程、ぞろぞろと入ってきた。私は(何事?)と思って、その男達の方を見ると、1人の男性が大声で「そのまま動かないで!」と怒鳴った。私は最初、強盗か何かかと思った。ところが、大声をあげた男性が懐から手帳を取り出しそれを見せて「大和警察です!」そういうと今度は懐から紙を1枚広げて見せて、「詐欺容疑で家宅捜査の令状が出ています。これから警察官が家宅捜査しますので、その間、一歩も動かないでください。またお喋りもしないでください。」そう言われ、男性10人は一斉に事務所にある書類やパソコンのデータ、机の中身や棚の中身まで隈なく捜査し、必要と思われるものを全てダンボールに詰めて持ち帰った。時間にして2・3時間くらいだっただろうか・・・私たちはビックリしてすぐに本部に連絡した。

本部には岩佐社長の奥さんがいた。ちなみに奥さんは事務員として本部で働いていた。

「今、警察の家宅捜査が来たんですけど、何があったんですか?」

「私も分からないのよ。社長が今連れて行かれちゃって・・・」

と、動揺を隠せない様子だった。私たちは、何かの間違いでは?という思いで、その後の情報を待った。しかし、一向に内容が分からなかった。私は、宮前校の授業があるので、気にはなったが、その場をあとにした。


次の日、少しずつ内容がわかってきた。岩佐社長は手広く塾を広げようと、新聞広告で塾経営者を集い、契約金として一人何百万円も出資させていたのだが、契約をしてから何ヶ月たっても塾としての体をなさない人がいたり、塾として開業はしているものの、生徒が一人も集まらないや建物の家賃が未払だったなどのトラブルがあったらしく、シビレを切らした出資者4名が一丸となり警察に詐欺事件として訴えたとの事だった。

私は、最初この話を聞いたとき、すぐには信じられなかった。

(あの岩佐社長がそんな事をするのだろうか?)

私の中では岩佐社長は『すごくいいおじさん』だった。

ところが、それは間違いだった事にすぐに気がつくのであった。


岩佐社長が逮捕されて1週間・・・オックスフォード学園はもうガタガタだった。ほとんど空中分解の状態で、私は中央林間校にはもう行かなくなっていた。それでも私には宮前校がある。あそこはお金を支払い、正式に契約していて、私のものになっているのだから、これからも私はあそこで塾を続けていけばいいと思っていた。ところが、そんな期待が、一気に崩れ去る出来事が起きた。

その日私が宮前校で事務作業をしているとき、見知らぬ男性が塾に入ってきた。年格好は60代位のおじさんだった。

「どちら様ですか?」

と私が尋ねると、その男性はすぐに、

「ここの大家だけど。」と言ってきた。

「大家さんでしたか。知らなくてすみません。で、今日は何の用ですか?」

私が聞くと大家さんは突然、

「今月いっぱいで、出て行ってもらえるか?」

と言ってきた。私はビックリして事情を聞いた。

「家賃が半年以上払われていないんだよ!」と怒り口調でその人は言った。

「??? 私はここを岩佐さんから300万出して買っているんですけど、それってどういうことでしょう?」

「300万?何のことだね?私には1銭も入ってきていないよ。それに元々ここは賃貸物件だから、君に譲渡していると言うことは、又貸しになっていてそれこそ契約違反じゃないか!それに岩佐の逮捕のことは聞いている。とにかく今月いっぱいでここを出て行ってくれ!」

すごい剣幕でそう言われた。私は、

「今までの事はよくわかりませんが、これらは私が責任を持って家賃をお支払いしますので、このまま塾を続けさせてもらえませんか?」そう懇願した。

しかし、大家さんの気持ちは変わることはなく、結局、今月いっぱいで出て行く事になった。


私は愕然とした。結局私も300万円という大金の詐欺被害者の一人だったのだ。しかし、今更、岩佐を訴えたところで、300万円が返ってくるわけもなく、私は泣き寝入りするしか無かった。私は3月末日で塾を止める決意をした。


その日も生徒はいつも通り塾にやってきた。そんなことがあったことなど知らない子供たちは、普段通りバカなことをやったり、冗談を言ったりして笑い合っていた。そしてその日の授業が終わりみんな帰っていった。


私は生徒が帰ったあと、生徒の顔を一人一人思い出した。中3の子は卒業し、塾には8人だけ生徒が残っていた。そして私はハッと思った。

(この生徒達をほったらかしにして、私は塾を止めることなど出来ない。)。

次の日、私は、各家庭に電話をかけ保護者の方とお話をし、諸事情により今の教室で授業が出来なくなった事、これから新しく塾の店舗を探す事、そして塾の場所を移動しても塾を辞めないでくれるか、などを確認してみた。もし、一人でも私についてきてくれる生徒がいるならば、私は新しい場所を探し、そこで塾をやろうと思っていた。

聞いた結果は・・・8人全員が私についてきてくれると答えてくれた。私は嬉しかった。私は次の日から、塾の店舗探しを始めた。と、言っても、それはすぐに見つかった。今の塾の場所から、直線で20mくらいの場所に汚いが塾が出来そうな空き店舗が丁度あった。

不動産の名前も店舗の扉に貼ってあった。私はすぐに電話をかけ、空き状況を聞いてみたら、すぐに契約が出来ると返事をもらった。3月末まであと2週間を切っていた私は、焦っていたこともあり、何のリサーチもせず、その店舗と契約することにした。敷金、礼金、前家賃、それに店舗という事もあり保証金までとられ、かなりの大金が必要になったが、一応無事に店舗の契約ができた。


私はオックスフォード学園宮前校があった建物の大家さんに、

「今月末で出ていきます。」と報告すると、さらに意外な事を言われた。

「中にある机や黒板、その他の備品は置いていってくれ。今までの家賃の肩代わりにするから。」

そう言われた。私はビックリしたが、そう言われては従わざるを得なかった。

私はそれから、事務機器を扱っている業者を探し、黒板、机、入口のカウンターなど塾に必要なものを全て一から揃えた。気がつくつと石原急送時代に貯めていた貯金はほとんど無くなっていた。

(俺は何をやっているんだろう・・・)

私はそう思ったが、子供たちの笑顔を見ると、そんな暗い気分も吹き飛ぶくらい楽しい気分になれた。

(まっ、なんとかなるか・・・)

そう楽観的に考え、これからの塾経営をどうしていくか、前向きに歩んでいこうと思うようになったのである。

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