第26話 社会人④ー1(夢にまで見た大学生)


薄衣電解工業を退職した私は、早速営業することにした。会社の名前は何のヒネリもなく「石原急送」と名付けた。最初の1年はとにかく仕事を貰うことに専念し、どんな小さな仕事も引き受ける覚悟だった。大学は余裕が出てから・・・と自分に言い聞かせ、私は営業に専念していたのだ。そんな中で私が目をつけたのは佐川急便だった。佐川急便は当時、宅配事業に乗り出したばかりで、小回りの利く軽自動車のオーナーを探しているとの情報を得ていたのだ。私は佐川急便に営業に行くとすぐに取引することが出来た。下降気味とはいえまだまだバブルの余波が残っていたからかも知れないが、とにかく私は初仕事を手にすることが出来た。佐川急便との契約は宅配1つにつき、250円というものだった。単純計算、1日に100個宅配すれば1日の売り上げが2万5千円、20日稼働で50万の売上となる。実においしい契約だった。

私は次の日から佐川急便の宅配を始めた。ところが、宅配を始めてすぐに、その大変さが身にしみて分かった。

宅配初日の私の配達個数はたった30個・・・道に迷ったり配達先が見当たらなかったりと気持ちだけが焦って全然うまくいかなかった。それに携帯電話もない時代・・・家が見つからなかったときは電話BOXを探して電話をかけるといった2度手間のような作業にもイライラしていた。挙句、持ち出した配達物を全て配り終えられないと判断し、佐川急便に電話し応援を要請する始末になり、本当に最悪の1日だった。

私は佐川急便の人たちに嫌味の1つでも言われるのかとドキドキしていたが、佐川急便のターミナルに戻るとみんな、

「まぁ初日はこんなもんでしょ。徐々に慣れていけばいいから。」と優しく言ってくれた。

私はこんな失態は二度としたくないと思い、家に帰ってから担当地区の地図をずっと眺め、ある程度の地形と町名を覚えた。

そして2日目・・・やっぱり上手くは行かなかったが、前日よりは配ることが出来た。それから3日目、4日目・・・と回を重ねるごとに配るスピードもまして行き、1ヶ月経つ頃には150個以上配ることが出来るようになった。1BOXワンボックスの軽自動車一杯に荷物を積み込み、全て1人で宅配出来るようになっていた。周りのみんなも急成長する私にビックリしていた。そんな中で私は西山さんという人と知り合いになった。歳は40代でがっちり体型の穏やかな感じの人だった。彼もまた、私と同じように個人で運送会社を経営しており、私たちは仕事の情報を交換するようになった。


西山さんと知り合って2ヶ月くらい経ったある日、彼が大きい仕事が取れそうなんだけど、自分ひとりでは無理なので石原君も手伝ってくれないかと誘われた。

話を聞くと、近畿日本ツーリストが毎月発行している会員向けの情報誌、「旅の友」の配送だと説明された。しかも宅配ではなく、ポスト投函でOKという代物で、極めつけは1つ投函で140円貰えるというものだった。ポストに2つ投函するだけで、宅配1つ分を超えてしまうとはなんて魅力的なんだろうと思い、すぐに引き受ける事にした。

そこから私の地獄のような生活が始まった。地獄といっても嬉しい方の地獄である。朝は8時頃から夕方6時まで佐川急便で宅配をし、そこから荷台に旅の友を200部近く積み込んで、夜中までポスティングした。こんな生活を1年近くしただろうか・・・会社を始めて初年度のこの年の年収は下手なプロ野球選手やサッカー選手より稼いでいたと思う。

まぁー若いから出来ていたんだろう。


私は2年目からは従業員を雇うことにした。

当初の目的である大学に通うために・・・。


私は配達全般を全てを従業員に任せ、大学入学と営業に専念することにした。

ラッキーなことに当時、社会人入試というのが流行りだしていて、社会人は論文と面接で入学出来るという制度がある事を知った。私は早速願書を出し、その後、論文を提出し面接を行いT大学へ合格することができた。

私は夢に見た大学生になることができたのである。

この時、私はもう26才だった。

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