第22話 社会人③ー1(再就職そして最大のチャンス)


私は、「エイスクジャパン」、「教材販売会社」と立て続けに仕事に失敗した事もあり、何もやる気が起きなくなってしまった。私は、二・三日、引きこもり生活をしていた。そんな私を心配して、中学校の時の友達が家に泊まりに来ないかと誘ってくれた。私を誘ってくれたのは原君といって、中2の時同じクラスだったとても頭の良い子だった。原君の家に行くと中3の時同じクラスだった催君と寺島君がいた。私は催君の事を名前で政芳まさよしと呼び、寺島君の事を名前が光浩みつひろだったので「みつ」と呼んだ。ただ、原君だけは私も皆も一目おき、原君と呼んでいた。私たち4人はとても仲が良くて、中学を卒業してからも時間を見つけては一緒に遊んでいた。

私が原君の家に着くとすぐに麻雀が始まった。彼らは彼らなりに私を気遣って色々とやってくれる事が嬉しかった。そして麻雀が終わり、夜、私はここで、運命の出会いをしてしまったのである。原君は、「これやってみな。すごく面白いから。」と私に差し出してきたのは長方形のプラスチックに何個かボタンが付いている代物だった。良く見ると本体らしき物体に線で繋がっていた。「これは何?」と私が聞くと、「ファミコンだよ。」と教えてくれた。ファミコン・・・話には聞いた事があったが、貧乏な私には買う事が出来ない代物だったので、「ゲームはバカがするもの・・・。」と自分に言い聞かせて、この時まで私は見向きもしなかった。そして、ゲームは金持ちの娯楽・・・ゲームをする奴は嫌な奴・・・ゲームをする奴はバカ・・・とゲームとゲームをする奴らを完全に馬鹿にしていたのである。

そんな私だから、初めてのファミコンにドキドキしていた。

原君はそんな私をよそに

「スーパーマリオっていうゲームが超面白いよ。」と言ってきた。

私は自分の知らない世界に足を踏み入れる事に対して、最初抵抗感はあったが、原君の強い勧めでスーパーマリオをプレイしてみた。正直、衝撃を受けた。と、同時にハマりまくった。現実逃避・・・と言ったら大げさかもしれないが、仕事の失敗が無かったような錯覚を覚えた。私はその日、徹夜でマリオをプレイした。隣では全員が寝ているのに・・・。(笑)


私のゲーム好きはこうして始まった。私はこの日を境にゲームへの偏見がなくなり、素直にゲームを楽しむようになったのである。


次の日、3人にお礼を言い残し、私は家へ帰った。

家へ着くと私はすぐに就活を始めた。といっても、情報がなければ何もできないので、私は近くのスーパーなどに無料で置いてある就職情報誌などを片っ端から集め回った。インターネットなどない時代、やはり、最後は足で稼ぐしかなかった。色々と目を通していくうちに、私は教育の仕事を諦めた。やはり教育関係は大卒以上が絶対条件だった。私は、教育の仕事の次にやりたいものを考えて見た。そこで、答えが出たのが車の運転だった。

運転免許は「エイスクジャパン」に入社する前に、社会人になったら必要だからと、自分で稼いだバイト代で教習所に通い取得していた。「エイスクジャパン」で働いている時も業務部ということもあり、会社の車を何回も運転していたので、運転の楽しさは分かっていた。

「運転の仕事がいいか・・・」私はそう思った。

しかし、運送会社はちょっと嫌だった。それは将来、年を取った時の事を考え、(長くは出来ないだろう。)そう思ったからである。私は、情報誌を隈なく読み込んだ。そこで1箇所見つける事が出来た。

「薄衣電解工業」・・・メッキを主にしている会社で、メインで東芝製品を扱っているとのことだった。募集内容は、東芝工場へのルート配送だった。

私は、早速電話で面接の申し込みをした。それから話はトントン拍子に決まり、すぐに入社することが出来た。


入社初日・・・私は総務部業務課という所に配属され、私の指導係として紹介されたのが本郷さんという当時43才の人だった。私は本郷さんから一通りの仕事を説明された。

「石原君の主な仕事は東芝さんへのルート配送。午前と午後の計2便。午前の便は朝10時出発、午後の便は夕方3時出発。渋滞とかがなければ往復1時間くらいで済むから、早く終わったら、次の便まで何もやることがないので車の洗車とか給油とか、そういうのしてればいいから。間違っても業務課の仕事とかを手伝わない方がいいよ。暇なときはやってくれるんだ・・・って勘違いされて、事あるごとに手伝わされるようになっちゃうから・・・。俺は東芝さんじゃない方の便を回るけど、2・3日はそっちの便は別の人がやってくれる事になっているから、慣れるまで石原君と一緒に東芝さんを回るようにするよ。」

そう言ってきた。業務課の仕事を手伝うなという所がよく分からなかったが、仕事内容は一通り把握できた。私はそれから、2・3日本郷さんと東芝を周り、ルートを完璧に覚えた。それから、私は一人で東芝さんに配送するようになった。私はこの仕事が、わりと楽しかった。運転するのも好きだったが、それよりも東芝の工場に入り、東芝の中をぐるぐる周る事が楽しかった。私の知らない大企業の世界・・・色々な機密情報もあるだろうし、最新技術を目の当たりに出来る喜び・・・更に、そこで働く人間模様まで慣れてくると見えて来ていた。私は、この仕事だったら、長く続けられるだろうと思っていた。


働き始めてから2ヶ月が過ぎた頃・・・仕事にも慣れ、仕事のスピードも向上し、配送以外の洗車や給油だけでは時間が持たなくなっていた。本郷さんを観察すると本郷さんは配送や洗車以外の仕事は何もせず、早く仕事が終わったら、車の中で寝ていた。しかし、私にはそれはどうしても出来なかった。私は入社した時に本郷さんに言われていた事を無視し、業務課の人に「手伝うことありますか?」と訪ねた。最初、業務課の大城さんという女の人はビックリしていたが、すぐに、「この伝票の数字を計算機で足し算して、答えを伝票ごとに1番下の欄に記入して。」と伝票を100枚くらい渡された。私は計算機で伝票の数字を足していった。隣の机でも大城さんが同じように計算機で伝票を足していた。しかし、その速さに私は驚いた。ブラインドタッチ・・・計算機の数字は一切見ずに伝票だけを見て足していた。私が1枚終える間に大城さんは3枚の計算を終えていた。

「すごいですね・・」私が言うと、「慣れだよ。」と大城さんが言った。そして、「練習すれば石原君も出来るようになるよ。」と言ってくれた。私は、何故だか、早く計算機を打てるようになりたかった。それから、毎日のように時間さえあれば、大城さんの隣で、業務部の仕事を手伝いながら、電卓の腕も磨いていった。そして、練習の甲斐あってか3ヶ月くらい経った頃には、大城さんとほとんど同じくらいの速さで、計算機を打つことが出来るようになっていた。

そんな毎日を過ごしていると、社内では「自分の仕事以外の事をやっている真面目で変な奴がいる。」という噂が流れ始めた。

本郷さんには、「あーあ・・・大変なことに手出しちゃった。・・・これから色々手伝わされるよ。・・・」と言われた。

しかし、私にとっては、暇をもてあそぶより何か動いてるほうが気が楽だった。(車の中で寝るのはつまらない・・・)そう思っていたのである。だから私はもっと仕事を覚えたかったし、その方が時間が早く経つ気がしていた。

そんな訳で私は、東芝の出庫伝票を自分で作成したり、製品の納品調整をしたりと、今まで事務の人たちがやっていた仕事を自分でこなし、自分で配達するようになっていた。


そんな毎日を過ごしていたある日・・・


私が「薄衣電解工業」に入社して1年くらい経ったころだろうか・・・私は社長室に呼ばれた。

トントン・・・ノックをし、社長室に入る。

「失礼します。」

社長室に入室すると、そこには見知らぬ男の人が立っていた。

社長が言う。

「石原君、こちら相澤さん。相澤さん、こちら石原君です。」

そう紹介されると、相澤さんは私の近くに寄ってきて、「よろしく。」と大きな声で言ってきた。私も戸惑いながらも「よろしくお願いします。」と返した。

相澤さんと紹介されたその男性は、年齢60才、髪の毛が全て白髪のダンディーな人だった。後から教えてもらった事だが、相澤さんは東芝を定年退職して、薄衣電解工業に入社してきた人だった。しかし、その時の私はそんなことを知る由もなかった。

私と相澤さんは社長に促され、社長室の応接ソファーに腰掛けた。

そして社長はゆっくり話し始めた。

「石原君、今度うちの会社は新プロジェクトを立ち上げる事にした。内容は東芝さんの製品をメッキだけでなく、その後のリークテストからプレス処理、そして通電テストまでを一貫して全て当社で請負う事にした。そこで新しい課をこの相澤さんを中心に立ち上げようと思っているんだが、相澤さんの右腕を探していてね。・・・石原君。どうだろう?この相澤さんと一緒に新プロジェクトを立ち上げてくれないだろうか?」

私は、ビックリした。配送で入社した何の実績もない私が、何故そんな重要なプロジェクトの一員に選ばれたのか分からなかった。私は素直に聞いてみた。

「お話は嬉しいですが、どうして私をご指名して下さったのですか?何の実績もなく、ただ、配送していただけなのですが・・・」

社長はすぐに返事してくれた。

「大城君の強い推薦でね。・・・実は業務部から優秀な人材を、このプロジェクトのために選出して欲しいと業務課長に打診していたのだが、返ってきた返事が大城君の強い勧めで、石原君がいいとの事だった。私も最初は戸惑い、悪いと思ったが、君について少し調べさせてもらった。その結果、君なら大丈夫だと思って、今日、君に話させてもらったんだよ。」

私は嬉しかった。誰かに認めて貰える喜び・・・私の中で返事はもう決まっていた。

私は、「やります。やらせて下さい。」すぐに返事をした。


こうして私は、新しいチャレンジをしようとしていた。

新プロジェクトを絶対に成功させるんだという強い決意を胸に、より一層今まで以上に頑張る事を自分自身に強く誓っていた。

そして新しい課を立ち上げる期限が3ヶ月後と言われ、私は益々燃えていた

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