第20話 社会人①(1度目の辞表)


高校を卒業した私は、職安から斡旋されたお酒の輸出入をする、「エイスクジャパン」という会社に就職した。私の配属先は業務部だった。社会人1年目で、会社の事なんて何も知らない私は、業務部がどんな仕事をするのか全くと言っていいほど知らなかった。

業務部に連れて行かれるとそこには、結構キツい感じの女の人がいた。私の上司だと紹介された。その人は海老名さんといい、26歳のキャリアウーマンっぽい感じの人だった。

(仕事、かなりできそうだな・・・)そう感じた。

私は海老名さんから仕事を色々教わった。業務部の仕事は、お酒の在庫管理と輸入されてきたお酒の配送手配が主な仕事だった。ミスをしたら、お客さんにお酒が届かなく、大変なことになるから重要な仕事だとも聞かされた。

それから私は、来る日も来る日も、お酒の在庫管理と配送手配を惰性的にこなしていた。

(外国とのやりとりなんか1ミリもないじゃないか!毎日々々配送の手配と在庫管理ばかりで、同じことの繰り返し・・・)

正直、仕事がつまらなかった。

(これなら、高校生の時やっていたスーパーのアルバイトの方がずっと楽しかった。)

そんな風にまで思うようになっていた。

そんな単純な日々を過ごしていた私は、入社して1年が過ぎるころ、ふと思ってしまった。

(俺は、一体何してるんだろうか・・・?貧乏だからって夢をあきらめ、食っていくために就職したはいいけど、やりがいが全く感じられない。・・・このままの人生でいいのか?・・・いや、ダメだ!このままでは負け犬じゃないか!)

私はフツフツとやりがいのない仕事に苛立ち、(やっぱり教育関係の仕事に就きたい。)と本気で思うようになった。


それからの私は、会社で購読している新聞に掲載されている求人情報をこっそり昼休みなどにチェックするようになった。やっぱり食っていくためには仕事を続けなければならなかったので、新しい仕事を見つける前に会社を退職する勇気は無かった。私は必死に教育関係の仕事を探した。しかし、やはり教育関係の仕事は資格条件として大学卒業が必須だった。高卒の私にとっては教育関係の仕事に就くことは、雲をつかむのと同じくらい難しいものだった。そんな中で、1か所とうとう見つけたのである。「学歴不問。やる気重視。」とかかれたその仕事は、小・中・高校生向けの教材販売の仕事だった。内容をよく読んでみると、やる気次第で月収100万円も夢じゃない!と謳っていた。私は、一気にその仕事に魅力を感じ、面接に行くことにした。まだ、19歳だった私は、その広告の文句を疑いもせず、純粋に信じ込んでしまったのである。有給を使い、会社を休んで、私はその会社に面接しに行った。話を直接聞いてみると、実際に月100万円稼いでいる人を紹介されたり、この教材で実際に難関校に受かった子たちからのお礼のお手紙を見せられたりと、私は完全にこの仕事に魅力を感じてしまったのである。私は「今現在、会社に勤めています。」と正直に話すと、「会社を辞めたらすぐにウチで働かせてあげる。」とその面接担当者に言われたので、私は安心して「お願いします。」と入社する事を約束した。


そして次の日、私は「エイスクジャパン」に辞表を提出した。しかし、勉強不足だった私は、退職届の書き方もよくわからず、通常「一身上の都合で退職させて頂きます。」と記入すればいいところ、レポート用紙3枚くらいに、入社してから今までの会社への恩や不満をダラダラと書き、人事部長へ提出した。人事部長はそれを読み、クスッと笑ったが、「まっ。これでいいや。石原君らしさがよく出てるわ。」と褒め言葉にも皮肉にも聞こえるような事を言われた。私も笑いながら、「すみません。退職届の書き方が良くわからなかったので・・・。」とごまかしてみせた。

そんなこんなで私の退職届は受領され、引き継ぎを1週間で済ませ、私は「エイスクジャパン」を退職した。

私は期待と不安を胸に新しい職場でのやりがいを夢見ていた。

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