第10話 中学校時代①ー3(はじめてのギター)


話は前後するが、中間テストと期末テストの間に、私は人生において大切な出会いをもう一つしている。それはギターとの出会いだ。そのきっかけを作ってくれたのも東だった。

ある日教室に先生がギターを持ってきた。そのギターを真っ先に手に取ったのが東だった。

東はギターを覚え始めたということで、ギターでドレミファソラシドを弾いて見せた。正直、今では何でもないことだが、その当時の私はえらく感動した。

小学校の時、家にあったピアノを見よう見まねで弾いていた事はあったが、ピアノはただ鍵盤を順番通り弾けば音階が出るので初心者でも音は鳴る。それに対してギターは複雑な指使いと6本ある弦の位置で音階が決まるので、何も知らない私にとっては不思議な楽器で、そこから奏でる音階の音色は感動その物だった。私は東にすぐにドレミファソライドを教えてもらった。押さえる位置は覚えたが、音が中々でなかった。でもこの難解な楽器に私はすでに虜になっていた。

その日私は家に帰ってからもギターの事が忘れられず、押さえる位置を復習したかった。でも、家にギターを買う余裕などなかったので、前の家に住んでいる時に通っていた、珠算教室で使っていたそろばんを引っ張りだし、そろばんをギターのように持って上からここが6弦、ここが5弦・・・・みたいに自分で取り決め、教えてもらった音階とコードを一通り練習し、私は教えてもらった事を完璧に記憶した。

翌日の放課後、担任の先生に言ってギターを貸してもらい、昨日覚えた事を一通り復習した。音は微妙だったが、昨日よりはましになっていた。そんな毎日を繰り返していると、やっぱりギターが欲しくなってきた。しかし、このときのうちの経済状況では、ギターを買ってとお願いする事は不可能だと分かっていた。

そこで私は母にアルバイトがしたいと申し出た。中1の私がそんな事を言いだすこと自体異常だったが、母は驚いた様子もなく、「学校の先生に相談してみるね。」と言ってくれた。

多分、母も私におこづかいをあげていないという負い目があったのかも知れない。

翌日母は学校にかけあってくれてアルバイトの許可がおりた。私はすぐに新聞配達の面接に行き、事情を話すと、そこの店長さんは快く私を引き受けてくれた。次の日から私は朝学校へ行く前に新聞配達を始めた。朝は3時頃に起き、それから3時間くらい新聞を配って学校へ行った。最初は眠たさとの勝負だったが、慣れてきたらトレーニング感覚で楽しくやっていた。楽器店にギターを見に行った時、自分の手の届く範囲内の金額で気にいったギター(2万円)を貯めるまでは、新聞配達を続けるぞという気持ちで、私は自分のテンションを高めていた。

もちろん期末テストの前とかは、テスト期間中という事もあり、アルバイトはお休みさせてもらった。

そして、夏休みに入る前くらいには目標の2万円をはるかに超える3万円くらい貯める事ができたので私は新聞配達のバイトを辞めた。

私は、夏休みに入りすぐに楽器店に行き、お気に入りだったギターを購入した。『モーリス』というメーカーのフォークギター、2万円。人生で初めて自分で稼いだお金で買った初めてのギター。私のかけがえのない宝物だ。(ちなみに三十七年経った今でもこのギターを私は持っているし、ちゃんと音もでる。)

私はすぐに家でギターの練習を始めた。ギターの練習をしていくうちに音も段々奇麗になり、新しいコードも色々覚えるようになった。しかし、ギターを練習していて1つ問題が発生した。それは、近隣の苦情だった。風呂なし共同トイレのそのボロアパートは、壁1枚のお隣さん同士だったので、私のギターの音が騒音と化していたのである。私は仕方ないので、家の近くの公園にギターを持って行き、連日連夜練習をしていた。

そんな苦労の甲斐あってか、ギターのうでは自分で言うのも変だがみるみる上達したと思う。そしてもう一つ自分で言うことではないかもしれないが、勉強では一度も勝つ事ができなかった東に、ギターのうでだけは勝っていたような気がする。

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