第2話 小学校時代①ー2(家族の秘密)


前述したように私には兄弟がたくさんいた。1番上の兄が重起じゅうき(当時三十歳)、2番目の兄が義雄よしお(当時二十八歳)、3番目の兄が一興いっこう(当時二十二歳)、義雄兄ちゃんと一興兄ちゃんの間には一人お姉ちゃんがいて名前は君子きみこ(当時二十六歳)、そして私が当時小学5年生で妹が春江はるえといい、当時5歳だった。

みんなそれぞれ仲のいい兄弟だったが、歳が離れていることもあり、あんまり遊んだ記憶はない。みんな父の会社で働いており、それぞれが役職を持っていたので、お正月や誕生日などは、結構な額のお金をもらっていた。

ただ、今記憶を整理してみて、兄弟とのエピソードを探ってみたが、正直、兄弟との思い出はお金以外に思い当たらなかった。・・・


 そんな大家族の中で暮らしていた私は、この生活がずっと続くものだと思っていた。そして大人になって私も父の会社に就職し、何の不自由もしない生活が私を待っているものだと思っていた。しかし、そんな日常がもろくも崩れ去るような出来事は不意にやってきたのである。それは小学校6年生になるちょっと前の春休み・・・その日、母は先日受けた父の精密検査の結果を聞きに相模野病院さがみのびょういんというところに出かけていた。父は前々から体の不調を訴えていたのである。病院から帰ってきた母は普段と変わらない様子だった。父は仕事の関係上、自分で聞きに行けなかったので母に代わりに行ってもらっていたのである。父が母に言った。

「俺の検査の結果どうだった?」

「なんか、胃潰瘍が出来てるんですって。手術した方がいいらしいから、当分仕事を休んでもらうわ。」

「本当かよ・・・・」

「仕事の引継ぎを重起と義雄にしておいて。」

「・・・わかった・・・」

こんなやり取りがあって、それから1週間後、父は何故か検査を受けた相模野病院ではなく、北里大学病院きたざとだいがくびょういんに入院したのである。


 入院からしばらくして手術が行われた。私は「胃潰瘍の簡単な手術だから・・・」と母に聞かされていたので、何の心配もせず、逆に長い手術に(早く終わらないかな・・・暇だな・・・)と不謹慎な事を思っていた。

しばらくすると手術が終わった。予定していた5時間よりも全然早い終了だった。

私は、(簡単な手術だから早く終わったんだ。)と、簡単に考えていた。

看護婦さんが「手術の状況を説明します。聞かれる方はこちらにお入り下さい。」と言われ、私以下、子供たちは外で待つように言われ、母をはじめお兄ちゃんたちがカンファレンスルームに入っていった。

どのくらい時間が経っただろうか?

母とお兄ちゃんたちが静かに部屋から出てきた。

私が、「どうだった?」って聞くと、母は、「心配ないだって。ちょっと入院は長くなるかもしれないけどね。」と笑顔で返してきた。今思うとその笑顔は引きつっていたのかもしれない。しかし当時の私は、疑うこともせず、「そうなんだ。良かった。」と胸をなでおろして本当に無邪気に喜んでいた。


手術が終わり2週間が経った。春休みも終わり私は小学6年生になっていた。私は学校が始まってからは毎日、学校帰りに父の病院に通うようになっていた。私の学校から北里大学病院まではそう遠くなく、電車通学だった私にとって、電車を乗り換えて病院に行くことなどたやすい作業だった。手術後の父はとても元気そうに見え、この分なら早く退院できるんじゃないかと私は勝手に思い込んでいた。


そんな日々を過ごしていたある日の夜・・・みんなが寝静まった夜中に母は私の部屋に来て私を起こし、静かにリビングに来るように言われた。母の様子から只ならぬ気配を感じ取っていた。リビングについた私に母はゆっくり話始めた。

「これから話す事は重雄しげおの胸の中にしまっておいて、決して誰にも言ってはいけないよ。」

前置きを聞いただけで心臓はバクバクと鼓動を速めた。

母は続けて話す。

「実はお父さんは胃がんだったのよ。この前手術したけどすぐに終わったでしょ・・・あれは、お腹を開いてみたら、癌が全体に広がっていて、もう手の施しようがなく、そのまま閉じたからなんだよ。末期がんなんだって・・・」

母は泣きながら続けた。

「余命3カ月と宣告されたわ。・・・もう助からないんですって。・・・」

(どういうこと?・・・)

小6の私には衝撃が大き過ぎて、理解するまで時間がかなりかかった。

(お父さんが死んじゃうの?・・・)

私の中でもだんだんその意味が分かり自然と涙があふれてきた。

しばらく沈黙が続いた・・・5分、いや10分は沈黙が続いただろうか?

母は、涙をぬぐうように目を擦りながら、話を続けた。

「実は、お前に隠していた事がもう一つあるんだ。」

と言って、母は一息飲んだ。どうやら、こっちの方が言いにくそうな雰囲気だった。

「実は、お父さんとお母さんは再婚同士で、重起、義雄、君子、一興はお母さんの本当の子供じゃないんだ。・・・お父さんと前の奥さんとの間の子供なんだ。・・・」

私はびっくりした。父の胃がんの話を聞いたばかりなのに、そのうえ兄弟が母の本当の子供ではないという事実・・・小6の私にはまだ受け止められない話だった。しかし、母はそんな私をよそに何かを決意しているが如く、間髪いれずに話を続けた。

「実は今日、緊急役員会議があって、お父さんが死んだあと、会社の経営をどうするか、話し合ったの。」

緊急役員会議と言っても、親族経営の会社なので、会議に出席したのは、重起、義雄、一興、そして母の4人だった。君子はこの時点で、すでに嫁に出ており、会社の経営にはノータッチだった。母は続けた。

「その会議で、後妻のお母さんは発言もさせてもらえず、会社の次期社長は義雄がなる事に決まったの。重起は長男だけど頼りがいが無いし、一興はまだまだ働き始めたばかりだから・・・結局、やり手の義雄がなる事に決まったのよ。・・・」

と言いながらも、会社経営が兄弟の配下になる事がどうしても納得いかない様子だった。

そして、断固たる決意があるかのような、厳しい目でこう言った。

「この先、お父さんが死んで、お母さんがこの家に居づらくなったら、お母さんはこの家を出ようと思う。お前と春江を連れて出ていこうと思う。そうなったら、ついて来てくれるか?・・」

最初は強い口調で言っていたが、語尾は物哀しげに聞こえた。

母の事はそんなに好きでは無かったが、こんな弱々しい母を見るのは初めてだった。

私は、「うん。」と一言答えた。母は嬉しそうだった。

そして最後に母は、「お父さんには胃潰瘍でしばらく入院と伝えてあるから、お前もお父さんに胃がんだという事を悟られないようにしてね。」と言った。

「話はおしまい。もう寝ましょう。」

私と母は、それぞれ自分の寝室に戻った。


私にとってこんなつらい日があっただろうか?父親が死ぬと聞かされ、兄弟だと思っていた人たちが、半分だけの繋がりだった。そして、もしかしたらこの家を出ていく事になるかもしれない・・・小6の私には辛すぎる現実だった。部屋に戻っても寝る事が出来ずに、その日は朝を迎えてしまった。・・・

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