第9話 削除する
しばらく拓海は無言で私を引っ張って歩いていた。駅のホームに立ってからようやく手を離して、手を差し出す。
「何?」
今回の報酬とか?
「携帯。写真あるんだろ? あいつの」
バレてたか。でも、
「なんで拓海に渡すのよ! 自分で消すから」
「じゃあ今! 電車来るぞ急げ!」
ええ! またこれ? カウントダウンですか?
急いで携帯を出して消して行く。ずっと同じ携帯にして変えていなかったのはこの写真の為だった。
わざわざデータを移したりするのは嫌だった。消してないだけなんだと、自分にいい聞かせていたのに。一つ一つに思い出がある。一つ一つに私の想いが詰まっていた。そう、その全てを選んで消去する。
削除しますか?
はい。
私の中で何かがさっと消えて、そこは空っぽの何かになった。ここを埋めてくれる誰かにいつか出会えるんだろうか。
その時に、電車が来た。
「はい! 終わったからね!」
携帯の写真画像の一覧を見せびらかすように拓海に見せる。類との思い出は拓海には見せられなかった。こんな風には。
***
家に帰ったら珍しく母がいた。二人で遊びに行ってたと言い訳してもコンコンと怒られた、が!! いや、男の子の拓海がいるからいいでしょ? もし二人キリが問題なら毎日が問題じゃないか! 母が何を気にして私達が怒られてるのか意味がよくわからないが、多分犯罪を身近に見てるので、男女など関係なく夜出歩くのは危険なんだって話なんだろう。
母の気にするところがずれてると思うのは私だけなのだろうか?
*
散々怒られたし時間も遅いので拓海と話すことなくベットの中へ。
拓海がしてくれた事の意味を考える。前に踏み出せたんだ。あのまま類と二人でいても私は類の言い訳を聞こうとしてどこか別の場所へ向かおうとしてたのかもしれない。類が言った言い訳を聞いたら、私は幕引きなんてできなかったかもしれない。
***
朝からいい匂いで起きる。が! なんだよこの時間は。いろいろ考えたりあの時のもしもを思っていたら全然眠れなかった。だから、目覚ましは多分自分で消したんだろうけど! 起こしてよ! 拓海。同じ学校なんだからわかるでしょ? ああ、男と女の違い? 用意にかかる時間の違い?
もう着替えなくきゃ。あー、時間がないよ!
拓海に散々文句をいって、拓海の作ったお弁当を持って家を出る私。……傲慢な奴なのか私は?
「ねえ。もう学校が近いんだから離れてよ!」
今日は普通に登校するから家を出る時間も当然拓海と同じだった。だから、ずっと私と並んで登校してる拓海に言ったんだけど。
「ダメ?」
なんだよそれは。
「ダメ」
「ケチだな。樹里は。昨日のお礼はないのか?」
昨日……チクリと胸が痛い。
「自分で勝手にしたんでしょ? 内緒だからね。一緒に住んでるの!」
「えー」
「えー。じゃない。ほら先を歩く!」
どう考えても歩く速度から拓海を先に行かせた方がいい。渋る意味がわからないが、多分女子よけに私を使うつもりだろう。昨日の言動から見ても。
そんな事したら昨日の私の苦労が水の泡じゃない! 拓海の女子よけなら、私も拓海が男子よけになっちゃうじゃない。新しい恋があと少しの高校生活で芽生えるとは思えないけど……最初からよけたら意味がないじゃない。
まあ、一番は同居がバレたくないだけだけど。
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