第8話 再会する
アパートの階段を上がって廊下を進む。類の家の前で止まる。さっき来た時には暗かった部屋の窓に明かりが灯っている。先ほどまでとは緊張が違う。そうっとブザーに手をかける。
ブー
間をあけて二回目にブザー鳴らそうとした瞬間ドアが開いた。
あ、まだ心の準備が出来てない。だけど、たとえどれだけ時間をもらっても一緒なんだろうけど。
類の顔を見た途端、涙が溢れ出て来た。視界が一瞬で歪む。類、類が目の前にいる。あの頃となんにも変わらず……。少し顔の輪郭がシャープになったかな。涙でよく見えないや。
「樹里? どうしたんだ? いきなり。こんな時間に一人で危ないだろ? とにかく家に入れ」
驚いてる類はいろいろ一度に言ったかと思うと私を家に引っ張りこんだ。
「類!」
と、類の『いきなり』という言葉通りに類に抱きついてる私がいた。
「樹里。どうした? なんかあったのか?」
そこには昔と変わらない類がいた。あの日のことなんて、そして私の隣の部屋を出てからのことなんて何もなかったかのように。
「なんにも。ただ会いたかったの」
嘘ばかり。なのか? 会いたかった気持ちは嘘ではない。この二年ずっと類に会いたかったんだから。
「なんにもって。急に。とにかくここ玄関だし、靴脱いであがれって」
類はこういいながら類に抱きついていた私の腕を何気に離す。その類の仕草にやっぱりかという想いが胸を締め付ける。
「ほら、そこ座って。ええと……あ、何もないんだ。買って……」
「いい、いらない。類待ってる間に向かいにファミレスに居たから」
「そ、そうか」
二重の意味のそうか……だよね。待ってたって、いきなり来て、泣いて抱きついてだなんて……なんか痛い女だよ。拓海のバカ。
「樹里あの……」
「それでね! あの……」
類に何か言われる前にと類の言葉の上から言葉にかぶしてみたものの、どうしていいかわからなかった。何を言っていいのか。何を聞けばいいのか。全てが今さらだから。
ブー
ブザーの音。あ、もしかして類、誰か来る予定だったの? だからさっき誰か確かめもせずにドアを開けたんじゃ……。
「誰かな? ちょっと出るな」
と言って、類は立ち上がる。良かった、予定外の訪問者だったんだ。少しホッとする。ニ年前のあの日を……彼女を思い出していたから。
「はい」
類は確かめもせずにまた出る。無用心だよ。男の一人暮らしはそんなに無防備なのか。
「あ、樹里います?」
って! ええ! 拓海じゃない。ファミレスで待機してるって言ったのは大嘘じゃないの。しかもなんてタイミング。早すぎるよ。まだ何も話してないのに。
「え! ああ。君、誰かな?」
当然の疑問を口にする類。
「今の樹里の家の同居人です」
拓海、全くひるまないね。
「ああ。そう。……樹里、話が見えないんだけど」
類は振り返り私に尋ねるけど……私にそう言われても困るよ。私も見えてない。拓海が全てを仕掛けてきたんだから。
「玄関で話するのもなんなんで中に入れてもらえます?」
どんだけ強い根性なんだ拓海! 初対面の人の部屋に入れろって。
「あ、ああ。うん。どうぞ」
類、完全に拓海に飲まれてるね。素直に拓海を中に入れちゃってるし。
「おじゃまします! 樹里、言えたか?」
言えるか! こんな短時間で! しかも聞くな本人の前で! 拓海が来たことで涙もすっかり引っ込んでるのに。
「言えたって何を?」
類は当然の疑問を口にする。再び。
「樹里が……」
「自分で言うから言わないで」
拓海の言葉を遮って言う。自分で言わなきゃここまで来た意味がない。これ以上、こんな想いを引きずってるのもいいわけない。
「類のことずっと忘れられなかった。拓海が来て類のこと思い出す回数増えて余計に辛くなった。だから、別れ……言ってなかった別れの言葉を言いにきたの。類にさようなら、って。」
「樹里……」
「じゃあね。ごめんね。昔のことだよね。類にしてみれば。もう帰るね。拓海行こ!」
「樹里。あの時のあの子は彼女とかじゃないから。みんなで俺の家に集まる予定だったんだけど、先についたあの子とバイト帰りの俺がたまたま一緒に帰って来ただけだから。あの後すぐに友達来たんだ。って……今頃、言い訳してもな……」
類の言い訳……して欲しかった、あの時に。その言い訳を今聞くなんて。
「ううん。それを聞いたら余計に気持ちの整理がついたよ」
言い訳があったのに類はしなかったんだ。する必要がなかったから。私を引き止める意味がなかったんだ。
「樹里。その、俺に別れを言いに来たんだよな?」
「うん。そう。お別れ。あの時、言えなかったから。終われなかった私の中だけじゃあ。じゃあね、類、サヨナラ」
「そう……そうか……ごめんな。苦しませて。そういうつもりじゃなかったのに。ありがとう。樹里」
「じゃあ、おじゃましました」
立ち去るタイミングをはかりかねてる私の腕をとって、そう言って拓海は立ち上がり玄関へと私を引っ張って行く。そう、もう全てが終わりなんだね。
「類、バイバイ」
「樹里。またな」
類の意地悪。またな、はないよ。もう私と類の間に。そう自分に言い聞かせに来たんだから。
「おじゃましました!」
一人で元気な拓海はそう言って人の家のドアを開けて廊下に出てから閉めた。
ガシャン
終わった。終わったんだ。これでもう幻影に惑わされて、思い出に振り回されることもない。似た人を見てはドキッとする必要もない。もしもを願い期待して失望することもない。
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