第2話 うらじゃ祭り

「しかし、百襲媛、この鬼のような化粧は、一体、どうなってるのかのう?」 


 温羅は先程から気になっていることを問いただした。


 彼の出で立ちは、いつもの漆黒の鉄製の鬼の仮面に赤いマントを羽織っていた。

 マントの下にはくさび帷子かたびらを着込み、足にフィットした黒いはかま革履かわぐつをはいていた。


「温羅化粧と言って、うらじゃ祭りではこの化粧をすることになっています」


 百襲媛は当然のように答えた。


 彼女の装いは、いつものように白と紅が入り混じった天の羽衣に、比礼ヒレと呼ばれる呪力を秘めた肩巾を首の周りに掛けていた。


 古事記によると、比礼ヒレとは、海人族である隼人の呪具として、振浪比礼なみふるひれ切浪比礼なみきるひれ風振比礼かぜふるひれ風切比礼かぜきるひれがあったという。


 また、須佐之男命が須勢理毘売すせりびめから蛇比礼へびのひれ呉公蜂比礼むかではちのひれを授かり、その難を避けたという話も伝わっている。


 


 岡山県、この吉備の国には、西大寺の奇祭「裸祭り」とか、この「うらじゃ祭り」とか、一風変わった祭りが多い。


 金光教やら黒住教などの神がかりの新興宗教や、浄土真宗の法然上人の生誕地の誕生寺、宮本武蔵の生誕地まであるというし。


 温暖で災害も少なく、暮らしやすい風土でありながら、ここまで宗教家や芸術家を輩出するのはどうしてだろう?


 一説によると、逆に暮らしやすいために人々が団結する必要がないとも言われている。または、古代において強国であったためか、大和朝廷による徹底した分割統治が行われたためだとも言われている。


 かつては吉備の国は、岡山県を中心として、広島県の福山、兵庫県の西部をも含む広大な領土を誇っていた。それが、備前、備中、備後、美作に四分割された。


 確かに、九州の隼人の末裔とも言われる海部は瀬戸内海の制海権を握り、出雲とは別系統のたたら製鉄や朝鮮半島から輸入した鉄の加工などを営む山部を持ち、土器、造船、稲作、塩田、果物などの当時のハイテク技術、中国江南との交易により大陸の文明、文化まで取り入れた強国であれば、大和朝挺の警戒も致し方ないと言えた。


 それに加え、孝霊天皇の皇子である吉備津彦命が吉備に土着し、吉備氏の祖となって、ヤマトタケル、仁徳、応神天皇の歴代の天皇家の妃が吉備出身だという事実は、皇室と吉備との特別の関係を物語っている。


 後に陰陽道の開祖と言われる吉備真備や、道鏡の天皇即位を阻止した和気清麻呂などの人材も輩出している。


「しかし、自分の名前がついた祭りを見ることになるとは、世の中、何が起こるかわからんのう」


 温羅は感慨深げにつぶやいた。


「今年は吉備津彦と百襲媛、温羅と阿曽媛あそひめの行列もあるそうよ」


 百襲媛はその神秘的なエメラルドグリーンの双眸そうぼうを細めながら言った。


 周囲はすっかり日が暮れて、踊り連の行列もライトアップされはじめていた。

 温羅と百襲媛も祭りの仮装と思われているようで、何の違和感もなく、うらじゃ祭りに溶け込んでいた。



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