S3-19「超速」

「がぁっ! はっ!?」

 気付いたときには後方へ吹き飛んでいた。そう言わざるを得ない程のスピードで放たれたひじ打ちにより、空は棚へと叩きつけられた。

「姐さん!」

 叩きつけられた衝撃で棚の中や上の荷物がガラガラと降り注ぐ。

 物が次々と落ちてくる中、空は微動だにせず。結局それらが収まった後も空が再起する様子は見られなかった。

「――っ!!」

 戦慄。たった一撃、その一撃で奥人の額は本人の意図せずぐっしょりと濡れていた。

「ふむ、まあ……ありきたりな感想ではありますが、といった感じですね。……さてと」

 糸田は空が動かないのを確認すると、その視線を奥人の方へと向ける。

 その眼をみた瞬間奥人は戦意が外からガリガリと削ぎ落とされるのを実感した。

「ぐっ……!」

 やるしかない、やらねばならない。もはやさっきまでのお気楽気分は影も形も無くなっていた。

「おや、なるほど。なかなかいいです……ね!」

 精神を落ち着かせる暇など与える筈もなく、糸田は恐るべき速さで奥人の顔面に裏拳を放った。

「チッ……!」

 目にも止まらぬスピードのそれを奥人は鼻先ギリギリでかわす。掠りでもしていようものなら只では済まないほどの威力が後追いする風圧から感じられた。

「うぉぉぉ!!」

 間髪入れずに糸田に向かって奥人は拳を突き出す。考えてやったのか、それともケンカ慣れしている故の感性か、敢えて深く踏み込まず速さに重点を置いた突き。しかし、

「遅い!」

 糸田は難なくそれをかわし、瞬きするよりも速く相手の懐に潜り込む。

「うおっ!?」

 咄嗟に腕を引戻しガードを固める。が、それが命取り。守りの為に一瞬視界が途切れる。その瞬間糸田は奥人の目の前から姿

「なに!?……っ!」

 否、消えたのではない。糸田は近づいた時の勢いを利用してそのまま奥人の背後へと回ったのだ。

「――掌底!!」

 そのまま糸田は背中に向けてこれまた素手とは思えない威力の掌底突きを放つ。

 骨を打ち砕かんばかりの鈍い音を鳴らして奥人はそのまま真横にすっ飛んでいった。

「ぐぅぉおお!!」

 吹き飛んでいった先で奥人は側転でゴロゴロと転がる。そして、そのまま

「うわ! すごい、今ので完全に終わったと思ったのに!」

 その様子を見た糸田から感嘆の声が漏れる。

 奥人は突きを食らう瞬間に力の方向と同じ方向へ自ら跳び、その威力を可能な限り縮めていたのだ。

「はぁ……はぁ……! ナメくさりやがって!」

 純粋にその結果を喜び、楽しんでいるようにさえ見える糸田の様子に奥人は悪態をつく。

 だが、実際それを可能にするだけの実力差がそこにはあった。

 一見糸田は得物(クナイ)持ちに対して奥人側が素手で不利なように見えるが、それは違う。なぜなら糸田はこの戦いが始まってから一度たりともクナイを使っていない。

 つまり奥人は両者ステゴロ、しかも相手は使状態でここまで追い詰められているのである。

「いやー惜しい、実に惜しいですね。これほどのセンスがあるなら、力を持つだけで素晴らしいことになるのに」

「――っ!?」

 糸田の体を緑色のオーラが包み、次第にそれは爆発的に増大していく。

「――飛刃!!」

 軽く、ほんの軽く手に持ったクナイを振ると周りの物という物が吹き飛び、が奥人へと猛スピードで向かってくる。

「ぐぅ……うぅ!!」

 避けようとするも体が動かない。そのまま真正面からその攻撃を食らう。

「うぉあぁぁぁぁ!!」

 体を引き裂かれながら後方へ飛ばされた奥人は壁に背を打ち付けて、そのまま動かなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

After P ちゃいす @tyaisu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ